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高橋 信次氏 創作 「愛は憎しみを越えて」 (昭和48年発行)

 
(初版)     改訂版

本書は、当方の尊敬・研究する故人 高橋信次氏が、わずか4日間で創作したといわれる創作小説です。
以下の本書転載は「当店の店長の後悔日誌」に2002年以降、出版元である三宝出版編集部様の許可を
頂き、通常一般の方に目に届きにくい基本的に宗教書でもある本書を、あくまで本書販売促進、宣伝のための
引用として掲載させて頂いておりました。

それをここに再編集・連結し掲載をするものです。
もし、本書に共感をいただいた方は、ぜひご購読をお願いいたします。一般に、大きな書店には置かれています。
また、快くご承諾をいただきました三法出版編集部様に心から感謝申し上げます。

(当方は、高橋信次氏の著書を推奨しているだけで、団体への関与、営利的関係は一切ありません。)

出版元はこちら(オンラインでも購入できます)

p.7-49 p.50-99 p.100-149 p.150-199 (恐れ入ります。購入促進を考慮し、p.200以降は掲載を取りやめました)

↓P.50-99↓

(p50-p51)

李の妹に麗花という美しい娘がいた。

女学生であったが、三田村を兄のように慕っており、三田村もよくめんどうを見てやった。

一方三山村の杜宅へも、麗花は兄とよく訪ずれ、掃除、洗濯などを手伝ったり、食事を共にすることが多かった。

麗花は、台中の女学校を卒業してからは、縁談が度々あったが、断り続げ、両親は、李宗と釣り合いのとれた、揚(やん)家からの縁談には・再三・再四の

申し込みに断りきれないで・本人まかせということにして、困り果てていた。

小さい時から、麗花は、日本人のお嫁さんになるのだといって、いつも友達や両親にも、何気なく語っていたようだが、子供の夢、子供の理想くらいにしか、

両親は思っていなかったが、日本人の三田村と交際するようになった麗花を見ると、両親は一人娘の夢が、実現することを、好まなかった。それは同じ東

洋人で、同じ顔を持つ目本人と結ばれるということは、決して不思議ではなかったが、余りにも厳しい人種差別の中で、生きて来た両親にとっては、麗花

の将来のことが心配だったのである。その点、揚家と結ぼれれぱ、麗花は幸福になれるし、無駄な心配で心を痛めることもないだろうという考えを、李家の両

親や兄弟も持っていた。

麗花の両親は、決Lて日本人嫌いではなかったが、可愛い一人娘だけに、将来の不安を、人並以上に持っていたことは事実だ。度々三田村の杜宅に行く麗花に、

母は、「麗花や、お前は三田村さんを、どう思っているの」と、遠廻しに、度々麗花の心を探るのであった。しかし麗花は、「良いお人ですよ」くらいにしか、こたえな

かった。
一方、三田村は、麗花さえよければと、口には出さたかったが、人種差別を越えた愛情が、三田村の心の中を支配していた。

麗花は、三田村を愛していたが、三田村の口から愛情を示してもらいたかった。無口な三田村は、こと異性に関しては、恥ずかしがりやで、いつも控え目だった。

麗花は、兄に桐談した。「兄さん。私、三田村さんが好きです」

兄は、麗花が三田村を愛していることは、わかっていたが、三田村は上司でもあり、日本人ということで、可愛い妹のことを考えて、あきらめるように、説得するの

だった。

土曜日のある日、李は三田村を白宅に招待した。

その途中、「三田村さん、妹が貴方を愛しているらしいので、上司の貴方に、申しわけないと

(p52-p53)

思っています。お許し下さい」植民地の支配下にあった台湾人は、特に日本人に気を遣っていたし、李は、上司という二重の気の遺いようであった。

麗花は、三田村が訪れるということを知って、朝から、今日はこの洋服にしよう、いやこのドレスにしようと、胸のおどるのを静めるのに大変であった。三旧村は、

「李さん。僕も麗花さんが好きです。お嫁さんにもらえたいだろうか」と、決心して、思い切って胸の内を、李に言ってしまった。

李は、妹が三田村を心から愛していることを、知っているだけに、三田村の言葉を聞いて、可愛い妹のために、二人が結ぱれるように、協力して上げたいと思う

のだった。そして麗花の嬉しそうな顔を見るのが、楽しみだった。今迄は反対して来たが、麗花が幸福になれるたら、どんな事でも、力になってやろうと、決心

するのだった。

三田村を誘ったのも、麗花が、余りにも三田村を慕っている、かれんな姿を見て、見ぬ振りが出来なかったからだ。出来ることなら、この愛を、結実させてやり

たいと、季は思うのだった。李は麗花に、

「三田村も、お前を愛しているぞ。結婚を申し込んで来たよ-」

といった。兄の言葉に、麗花の顔は赤らみ、胸の中から、踊り上るような喜びが、こみあげて、「兄さん。ありがとう-」

といって、麗花は、余りの嬉しさに涙をこらえることが出来なかった。

十六歳の時から心を寄せて三年の月日、待ちに待った愛する人からの、はっきりした愛情の大きた波動が、麗花の心に伝わって来たからだ。

その喜びは、麗花一人のものだった。

三年の歳月、三田村以外の男性のことは考えられなかった。三田村の面影を慕うことが、楽しみであったし、生き甲斐でもあった。そして結婚したらああしよう、

こうしよう、目本語も、目本人の習慣も、そのために全部麗花の目常生活の中に生かされていた。だから三田村と結婚しても心配がたかったし、自信があった。

兄から、三田村の心のうちを聞いた麗花は、三田村と顔を合わすことが恥ずかしくて、二階の自室にこもってしまった。

三田村の好みそうな、白いドレスを着たまま、ベットの上に横になったり、鏡で自分の顔やスタイルを見たり、心は落ちつかたかった。

両親や兄弟達は、麗花を心配して、兄が呼びに二階に上がると、

「兄さん、恥ずかしいわ」

といいながら、兄の後に隠れるようについて来て、三田村のそばの食卓についた。

(p54-p55)

しかし、もじもじしていて、食事ものどを通らないようだった。そしてお茶ばかり飲んで、いつもの麗花ではなかった。兄の春順は「麗花。三田村さんをパイパイ

(お祭り)に案内して来たら」と麗花にいった。

兄の春順は、麗花を三田村と一緒に外に出してやろうと、麗花に、この幸わせを逃がさないよう、気を遣うのだった。

この兄妹愛は、端で見ていても美しく、麗花は、兄のいう通り三田村を近くの戚(びょう)のお祭りに案内するのだった。

爆竹が足元ではじける音に、麗花は驚いて、三田村の右腕に飛びつくように体を寄せていた。三田村も、麗花の心の中を知っているために、

「麗花さんあぶないよ!」といって、その体を引きよせるのであった。

そして手と手が触れた。次郎も、麗花も、電流が流れたように、愛する人の愛の暖かさが、心の中に伝って来るのだった。

「麗花さん兄さんにもお願いしたのだが、僕は貴女を愛しています。ゴア・アィ・リー 結婚して下さい」

と、思っていても言えたかった、苦しい心のうちを、伝えるのだった。

人通りから離れた、ザボンの緑に包まれた木々に囲まれている公園のベンチ。お祭りの騒ぎが、遠くから聞こえて来るが、二人の耳には、一何も聞こえない。

二人の愛情の告白だった。

麗花も、三田村を片思いして三年、毎日苦しい心の内を、誰にも打おあげられないで、悩み続げたことを、次郎に語るのだった。

そして「愛することは、苦しいものね-」といった。

通じない愛は、心の中に苦しみとたって蓄積されるものなのだろう。それはいつまでもくすぶり続げるものだ。そして愛情は、お互いに意志が通じたなら信頼

による、平静の愛に変わるものなのかもしれない。

三田村も、同じ思いであった。こうして運命の二人の愛が、実を結ぶのである。

麗花十九歳、三田村次郎二十六歳の、相思相愛が結ぱれたのは、大正十一年(一九二二年)秋のことであった。

そして愛する二人の甘い生活が製糖会杜の社宅で始まるのだった。

(p56-p59)

台湾から日本へー厳しき門出

清は、ドームの中で、両親の結ぱれて行く過程が、ドラマのように展開されて行くのを、我を忘れて眺めていた。

人種を越えた、美しい人問愛、そして愛の偉大さを感じるのであった。

愛は、総ての苦しみを支配することが出来るのだと思いながら、清の心の中には、両親から受

けついだ偉大な愛が、失われかかっていたことに気がつくのであった。

両親の飾り気のたい美しい愛を、清白身、自分の心の中に取り戻さなくてはならないと、思うのだった。

今迄の人生の体験の積み重ねの中に、妬み・そしり・怒り・足ることを忘れた欲望・ひずみ・恨み・そして愚痴の暗い心の歪みをつくってしまったが、一つ、一

つその歪みを、取り除かなくてはならないのである。ドームの外で、展開されているドラマは、懐しい台湾、台中の幼い頃育った製糖会社の社宅がその舞

台になっている。

マンゴの木が、ザボンの木と共に、杜宅の庭を飾り、バナナが、こぽれ落ちそうにっいている大きな緑の葉と、対象的だった。

そして庭に敷きつめられた緑の芝生は、恰も緑のじゅうたんが敷かれたかのように、そして広々とした美しい青い

空が、その白然を包んでいた。

若い両親の、愛に満ち満ちた生活が、明るく光明に満たされているのだった。

それと対象的に、展開されているドラマの中で、更に美しい世界が、次元を越えた家の逢か上

空に、光明の世界が展開されていた。その世界に、十二、三人の中国風の仕度をした、淡い黄金色の光に包まれた天使が、やはり美しい花園のような世界

で何か話し合っているのだった。

よく見ると、清の今いるド-ムの外で、守護していたお坊さんの姿も見えた。

清は、心を落ちつけて、そのドラマの推移をみつめているうちに、清の心の中でも、光明を放っている天使達に通じているのか、清自身の過去世も、ドラマの中

の一人になっているのだった。その天使達は、皆若い大人である。

「いよいよ、お前も地上界へ生まれるのだ。盲目の厳しい地上界の生活を通して、光明の道を、悟らねぱたらないのだ。肉体舟の五官に惑わされるなI、心を忘

れるな-」心の正しい物差しをな。わしは、お前の兄弟として、天上界から常にお前を見守っている。守護霊としてな-」と、先程から、清のいるドームのそばに立

っていた坊さんが、親しそうに話をしている。

それは清自信の心の中に、「はは」あのお坊さんは、僕の魂の兄弟たんだ」と、思った。

そうすると、今ドラマの中で話を閉いているのが、僕の前世ということになる。

このドラマは、清の心の中に記憶されている映像が、次元を越えた世界に投映されていることにも、気がついた。

この事実が、ビデオのように、誰も人問は、過ぎ去った一切の事柄を記憶しているのだなあ-」と、不思議な体験をするのだった。

そしてそこは、地上界に生まれ出る前の、収容所のような場所だ、ということだった。

地上界に生まれる時の様子が、ドラマとなって、展開されている。

「白分が、あの両親を選び、約束をしたのだから、たとえ厳しい環境の中でも、新しい魂の学習を・ちゃんと修得して帰って来るよ。まあ安心していてくれ。もし成

長して、悟れないようだったら、何か、君達はチャンスを僕に与えてくれ。物質界だけに、心を失う恐れがあると思うが、君達がついているから安心しているぞ-」

と、自分の心の中の清の過去世がこたえている。そうすると、他の五人の天使達も、「心を忘れるな」心を失った時、神の光が閉ざされて、私達も、お前の地上

界での生活が、見えなくなってしまう、ということを、知っているだろう」と、注意するのだった。天使達の親心ともいえよう。

「まあ、まあ、まかしておけ。誰も地上界での体験を積んで来ているんだから、まさか地獄界などに堕ちることはないだろう--、心配しないで、天上界で待って

いろよ」と、他の五人の天使達と、このような会話をしている主人公も、清の過去世だった。過去世は即ち前世の姿である。

そして次元を越えた世界の収容所から、清の前世は、度々母の体内に、完成しつつある肉体舟の観察に行き、「もう五体が出来たぞ。三ヵ月位かな。母も心の

良い女性に成長しているから、大丈夫だ。まかせておけ」と、清の前世は、安心していた。

(p60-p61)

そして清の前世は、光子体のまま、母の体内で、自分の肉体舟を支配してみるが、母の心と一致しない。母は度々気持が悪くなり、食事もとれなかった。これ

がつわりの現象である。

そして一週間くらいで、母の心と調和されていった。肉体舟の綱胞分裂は、順調に進んでいた。

このようにして、天使達は、魂の兄弟達を、地上界に送り、それから何十年かの心配が始まるのだった。

天上界の天使達も、地上界に生まれれば、子供にたって、第一歩から暗い厳しい人生の中へ、輪廻しなくてはたらたいのだ。生ある者の宿命といえよう。誰も

、止めることの出来ない仕組みだからだ。

もう完全に、清の前世は、天使達と連絡が出来ない。しかし魂の兄弟達は、当分は心配をしていないのである。

地上界に生まれて三歳頃から、性格のつくられる頃から、天使達の心配が始まる。心に歪みをつくるからだ。一九二三年四月清は生まれた。魂の兄弟達や、

他の天使達との通信は途絶えてしまう。そして前世の清は、現世の清に、輪廻して行くのであった。

意識は、生まれて空気に触れると共に、100%は潜在して、自己の意思は全く働かない。ドームの中で、清は、自分の誕生を見て、手に汗を握っていた。

「泣いている。泣いている。小さな手を握って….」溝は自分を見て笑っている。

そして美しく丸い豊かな心が、生まれたぱかりの幼児の姿であった。そして体全体が、光明に包まれている。

清は思った。

一人問は、誰も・最初はあんな美しい心だったのだなあ一」と、ため息をつくのだった。本能の領域が丸い心の中で動き出し、母乳を、口にふくんでいる。

心の中の本能が働き出したのだ--。

自己の意識が表面に出はじめたのだろう-と、清は思った。

そして父は、母を愛情の光によって包んでいる。

その表現は・父の暖かい愛情が、母のくちびるに寄るのだつた。美しい愛情の表現である。ほはえましい姿だ。

母の体からも、淡い黄金色の光が出ている。美しい心の証拠なのであろう。

(p62-p63)

心が丸く、歪みがないために、霧のようなべールが出て来ないので、神の光が、母を包んでいるのだということが、はっきりとわかるのだった。

もう、台湾の生活だけが投映されている。

今まであったそのはるか上の次元を越えた光明の世界の映像は消えて、霧のようなものに覆われ、舞台は、台湾の美しい緑に包まれた、清の家が中

心になっている。

一歳、二歳、三歳と、清の記憶の中にあったものが、投映されるそのドラマを、ドームの外で、既に地上界を去った両親が、にこにこして、ある時は手を

振りながら、清にサインを送って見ているのだった。

魂の兄弟達も、清の後の方に、五人が笑いながら、何か語り合っている。

清は、舞台の升席(ますせき)を買い占めて、一等席にいるように思うのだった。反省の機会を与えられていることを知りながら

その時、「もう死んでもいいなあ。こちらの世界は、両親もいるし、美しい心の人々だけしかいない世界だから、地上界には帰りたくないなあ-」

と、心の中で思った途端に、

「清。お前は何を考えているのだ。まだ地上界での学習が残っているのだ。まだ帰ることは出来ないだろう。しっかりと自分をみつめろ。お前のようた幸福

な奴は、いないぞ一」と、力強い声が、ドームの中に響いて来た。それは守護霊の言葉だった。

そして展開されているドラマは、十五歳にたったぱかりの、揚(やん)秀峯という、母方のお手伝いさんが、特に清を可愛がり、いつも散歩に連れて行って

くれている風景であった。優しいおねえさんだった。

東の庭のマンゴが、黄色く染まり、揚は、清のためにマンゴを取っている。そして熟しているマンゴを、

チー・ヌー・サー・シー・ゴー・ラー・チー・ぺー・カウー・ザーと、清に教えていた。

清も、ふざけながら、チー・ヌー・サー・シーと、揚の顔を見たり、マンゴの木を見たりして喜んで揚の真似をして、数えている。

母は和服の上にエプロンをかけて、「揚。日本語で教えたさいー」と、注意している。

「ハイ。ナイチノコトバデ、オシエマショ」と、揚はうまくない日本語で、麗花に会釈をしな

(p64-p65)

がら語るのだった。

しかし揚の頭にも、清の頭にも、金色の柔らかい丸い光の玉が、それを包んでいた。

母の頭の方が、幾分暗い感じだった。

ドームのそぼに立っていた母は、自分のかつての姿を見て、清の方に手を振りながら、にが笑いをしている。

それは、日本人になり切ろうとする母の、精いっぱいの努力だったのかもしれない。

四人の家族は、明るく、朗らかで、母は結構父に甘えんぼうのようだった。

ドームの外で、見ている母は、恥ずかしそうに、白分の着物でちょっと笑顔を隠して、照れている様子だった。そのそぱで、父は黙って見ている。

年齢は、四十代と、母は三十代くらいにしか見えない。

地上界で生きていれば、父は七十歳を越えているだろうし、母も六十の声を聞いているだろう。

「本当に、死後の世界があるんだなあ-」と、清は思った。

清の眼の前に展開されているドラマと、それを見ている周囲の人々。清は夢を見ているのだろうかと、自分のひざをつねってみるのだった。

しかし痛い。夢ではなかった。

母は、庭になっているバナナの木から、まだ青いパナナの房を刃物で切って、室の中に入れている。果物の龍眼やレイシを、ざるに入れて、部屋の中に置く。

清は、ひとりで縁側で遊んでいる。

お人形のようなものと、木でつくった汽車を持って、汽車の先に、なれない小さな手で、糸を結んでいる。

足を投げ出して、こつこつ好きなことをしている姿が、投映されていた。清は、このことは、今でも記憶がある。

「無心に遊んでいる美しい子供の姿だなあー」と、思っていた。母が来て、糸を結んでやった。それを引き始めた。

畳の広い部屋の中を、引き廻している。そのうちに汽車の上に馬乗りになって、細い糸のついている糸先を、母に持てとせがみ、母が引くと、糸は切れてしまった。

清は、母を怒って、大声で泣き出し、糸を元のようにしろとせがんでいる。ドームの中の清も、笑っていた。

-その時、ドームの外にいる人々も、大笑いをして、手をたたき、清の方を見ている者もいた。

(p66-p67)

粒き出したら、言うことを聞かない清に、母は手こずっているようだった。一枚の電報が屈いた。

母はこの電報を読み、父の会杜へ、小さな渚の手を引いて持って行く。

父は仕事を休めて、その電報を読んでいる。そして部崖の一点を見詰めながら、何か考えていた。

「麗花・父の危篤だ。お前も日本に行ってくれるか。僕は日本に帰らなくてはならないのだ。一緒に帰ってくれよ」と、母に頼んでいる。

麗花は・今の幸福な生活を捨てたくはなかったのだろう。下を向いて、何か考えている。そして「清ちゃん。お父さんと目本へ行く?」と闘いていた。

「僕いやだ。友達と別れるのは、いやだ。今のおうちが、一番いいや」と、いいながら、後は無表情だった。

父は会社にこの事を告げ、退杜することを、決心するのだった。そして数日後、父の送別会が開かれた。

麗花は、覚悟を決めているようだった。

「清ちゃん。お父さんの生まれた内地に帰るのよ。今のおうちより、もっと、もっと楽しい所で、お友達もいっぱいいるわ。おばあちゃんも、清ちゃんを

可愛がってくれるしね。お父ちゃんと一緒に行こうね。大きな船に乗って、お魚のいっぱいいる大きな広い海を渡って行くのよ。楽しい旅行が出来るわ」麗花は、

覚悟をしたのだろう。

「内地って、どっちの方なの。マンゴも、バナナも、ザポンもいっぱいあるの。そんたら僕、行って見たいなあ-」

そばにいた父が、「清や、りんごやみかん、梨、ぶどうという、おいしい果物も、いっぱいあるよ。そして利根川という大きな川には、魚がいっぱいいるぞ」

「そう。僕行ってみたいたあ-」

「内地のおばあちゃんも、清の顔が見たいたいといっていたぞ」

「お母ちゃんのおぱあちゃんと、どっちがいいおばあちゃんなの」

「どっおもいいおばあちゃんだよ」といって、父の次郎は、麗花の顔を見て、にっこりと笑ってた。

しかし、麗花は、内地に行くのは、はじめてだし、次郎と一緒に生活することには問題はない。

(p68-p73)

たど、考えれば考える程、何か自信がなかった。

清は、まだ子供だから、その環境に適応するのは早いだろうが、麗花は、今までの台湾生活の中で、すっかり身についてしまった習慣を、どのように内地に合

わせられるかが、不安だった。

台湾における日本人の、厳しい差別、恐らく日本の内地では、それ以上に厳しいのではないだろうかと、次々とまだ体験のない生活を、いろいろな角度から想

像するのだった。すべて不安ばかりで、自信はなかった。

ただ夫の愛情と、清に対する可愛い愛情が、何より麗花の心の拠りどころだった。

そして十七歳の時から今までの楽しかった思い出の数々が、麗花の胸の中を去来するのであった。

李家の送別会も、両親や兄弟達を始め、親戚の従兄姉妹によって、盛大に行なわれた。

ややもすると、生れ故郷を離れる淋しさがあったりして、麗花の心は、複雑だった。家財道具は、お手伝いの揚秀峯に、そして実家に引き取ってもらった。

その他生活必需品だけを荷造りしたりして、出発の準備が、十日近くも続いた。

時、一九二九年二月。

会杜の同僚や、麗花の友人や身内の者達によって送られ、台中駅からキールンに向って汽車は出発した。


p.69初版の挿絵

麗花以上に、年老いた麗花の両親は、今迄手塩にかげた一人娘との別離を悲しんだことだろう。どんなに可愛い我が娘でも、育って行くに従って親の元から遠ざか

り、両親の手の属かない所に行ってしまう。そして新しい生活がつくり出されて行く。

これが世の親の宿命なのかもしれない。

そして船は、霧の中を、すぺるようにゆっくりと、故郷台湾を後にするのだった。

ドームの中で、清はドラを鳴らしたがら、キールンの港の霧の中を、ゆっくりと出航して行く貨物船を見ながら、当時の母の心の中が、無心な子供心の自分にくらべ

て、隔りがあることを、知るのだった。

母の麗花も、ドームの中の清が心配だったのか、目頭を押えながら、度々視線を合わせていた。

たとえ次元の異った世界にあっても、現世においてつくり出された親と子の愛情は、持続され人いるものだ。このようた縁の深さの偉大さを、清は知るのだった。

清は父母にいたわられながら、はじめて見る大海原を、じっとみつめている。幼い自分の姿がトラマの中に展開されて、この頃のような、何の欲望もない、自然のま

まの美しい心の状態の尊さを、しっかりと見届けるのだった。

船は白波をけって、一路北上して行く。

大波が、船を枯葉のように、上下左右に、ゆり動かしている。幼い清は、母に抱かれたまま眠っていた。

母も、周期的に来る船の揺れと呼吸があったのか、体に力が入っていない。父が肩を押えている優しい心遣いが、かえって何か安心しきった気持にさせているの

かもしれない。

そして母は、この世界で生活する上は、この夫をたよりにする以外にないし、自分自身も力強く生きていく外はないと、自分で自分に言い聞かせているようだった。

清は、現象化されている過去のドラマの中から、霧の中の海、荒浪の海、なぎの海を通して、人生航路も、苦楽という荒波の、無限に広い海原を、航海している

のと同じようなものだと思っていた。母が、波の高低に呼吸を合わせて、心穏やかな姿で、幼い清を抱いている母性愛-。

この時に、人生の厳しさの中からも、自然に逆らわないで、常に丸い豊かな心のあり方が大事にと悟って行くのだった。

そして今までの人生を振り返って、清は、欲望という、とどまることのない厳しい人生を体験して来たが、平穏な、安らぎのある、自然の姿に、眼をとめたかった愚

かさを、知って行くのでのった。

(p74-p77)

そして大波に逆らって、に、気がつくのだった。欲望を果たそうとする苦しみを、自分自身で、つくり出していることに、気付くのだった。

悲しき差別-平等への抵抗

一方展開されて行くドラマは、父が幼い清の手を、母は後から手すりにもたれながら、甲板に出て行く場面である。

肌を射すような冷たい風が、麗花の頬をなでて行く。次郎は、はるかに見える島を、指していった。

「麗花、あれが九州だよー」

麗花は、スカーフで頬かぶりをしながら、夫のそぱで、近づいてくる島が、日本の国だ。内地だ。もうじきに船旅ともお別れかと思っていた。

船はだんだんと島に近づき、陸地の山頂に、白い帽子をかぶった姿を、見つけた清は、「お父さん、あの白い山はなあに?」といった。

「あれは雪だよ」 「雪ってなあに-」「高い山は、冷たいので、雨が綿のような氷になってしまうのだ。それが積って、山の頂が白く見えるのだよ」「ふうん……」

清は、わかったのか、わからないのか、珍しそうな顔をして、返事をするのだった。麗花も、本や学校で習ったが、こんなに寒い所だとは、思わなかった。

出発する前に、夫がつくってくれた着物の意味が、よくわかるのだった。そして寒風の、肌身にしみるような、何か厳しい人生が、待ち構えているような予感が

心の中に感じられるのだった。台湾を出る時は、美しい緑であったが、内地の自然には、緑がないように思え、冬の寒さと相まって、淋しさを感じさせたのかも

しれない。下船は門司港である。そして今度は汽車の旅か続いた。名古屋から東海道線に乗り替えて、一路上野へ。

話には聞いていた東京。台中とは人々の着ている着物からちがっていた。それは台溝では、若い娘達は、布一枚で作られた薄い上衣と、ズポンで生活してい

た。そして内地では、いっぱい下着を着ているからだ。

信越線の列車は、ホームに入っていたが、各線のホームがあって、父はどれに乗ったらよいか迷っていた。

麗花と清を待たせて、駅員の所に行って、何か聞いていたようだ。しばらくして父は、麗花と清の手を取って、列車の人となった。家表の立ち並ぶ中を、列車は

走って行く。そして三時間近くで、本庄に着いた。

本庄から人力で、阪東大橋を渡り、父の実家にたどり着いた時は、既に夕方であった。父の実家では、既に祖父はこの世を去り、葬式が済んでいた。

祖母は、父、次郎に余りよい感情を抱いていたかった。

「次郎、お前のような親不孝者は、いないぞ。親の死に目に会えたいで、葬式にも出られなかったではないか。そんなに台湾人のかあちゃんの、尻に敷かれて

いたいのかえ。親の反対を押し切って、人種のちがった女と結婚して、町の人からも、白い目で見られ、わたしは一体、どうすれぱいいんだいー-、三田村家は

、代々庄屋を勤め、立派な血筋なんだよ。家柄に泥を塗った息子を、家に入れるわげにはいかないんだ。死んだお父さんも泣いているわ。今更おめ。おめと帰

って来るたんて、家のつらよごしさー」と、厳しい、お説教である。

「お母さん。何をいうのですか。電報をよこしたので、私は会社をやめて、一家で引揚げて来たのですよ。今更何を言っているのですか」

麗花は、余りにもひどい姑の言葉に、足がすくんでしまった。いつも夫が話をしてくれた母とは、大変な違いであったからだ。

次郎は、電報が来たから、帰って来たのだった。そこへ兄の英一が入って来た。兄は懐しそうに、「次郎、御苦労様」といった。

「兄さん。ただ今帰りました。お父さんの死に目に会えたいで、すみませんでした。」

「うんー。おやじは、永い間、癪(しゃく)という病気で、よく寝ついていたし、丈夫ではなかったからなあ。お前のことを、お父さんは、心配してよく麗花さんの写真

を見て、支邦人とは思えない。日本人よりはペッピンだ。優しい人だと、病床で喜んでいたぞ」と、兄は麗花を見た。その時、「私は麗花です。兄さん、今後ともよ

ろしくお願いします。何もわからない女ですが、一生懸

(p78-p81)

命にやらせて頂きます。これが長男の清です。清ちゃん、伯父さんにご挨拶をしたさい」始めて会う義理の兄-始めて会った人とは思えない親しみの湧く人だった。

「伯父ちゃん、今日わ-」清は、もじもじしながら、挨拶をした。

「おお、良い子だなあ。幾つになったの」「僕、これだけ。六つなの」「よくお母さんに似ているな」といって、清の頭をなでるのだった。

麗花は、よいお兄さんだなあと思い、せめてもの慰めになるのであった。

姑は、いいたい事を言って、別の部屋に入ってしまった。兄の英一は、「次郎、実は僕が電報を打ったんだ。母は反対していたが、お前に製糸工場を手伝って

もらわないと、僕が大変なんだよ。お父さんもそれを心配してな。次郎を呼んで、兄弟でやれ、と。いつもいっていたんだ。お母さんは、あのような我がままな

女だから、お前達がやらなかったら、仕方がないぞ、というのがいつもお父さんの口ぐせだった。麗花さんも、余り気にしないで下さい。

それから住いも、親戚の宮沢のおじさんの貸家に決まっているから、送って来た荷物は、全部、新しい貸家に入れてあるよ。宮沢のおじさんと、次郎が契約してく

れればよいことになっている。このおじさんは、ちよっと変っている所があるが、心配ないだろう。いつも家名のことしかいっていないからなあ。しかし次郎ならばい

いだろう。今までの家賃は・僕が一応払ってあるからそれは心配いらない。僕の責任で借りたんだから。二階建てで、七十坪の敷地だ一階の八畳の居間と、六

畳の洋間、三畳の台所、風呂場になっている。そちらへ案内しよう。-ここから歩いて三十分くらいの所さと、兄の英一は、次郎と麗花に、大分気を遺っているよ

うだった。

「ではお墓参りは、明日にして、一緒に行こう」

といったが、次郎は麗花と共に、母に挨拶をしてからといって、隣の廊下を隔てた部屋に入って行った。

「お母さん、どうもご心配をかけて、すみませんでした。英一兄さんと一緒にでかけます。」

「わしの知ったことではないわ。わしの家柄の事を考えたら、あまりこちらに迷惑をかけないようにおし。人種のちがった人間を勝手に出入りさせないでおくれよ。

世間体というものがあるからな。

 三田村さんの次男は支邦人だといわれたら、わしは外にもでられないからね。これ以上家名に泥を塗らないでおくれ。来るならお前一人でおいでよ。

支邦人だけは、家の近くでも寄せ付けないでおくれ。」

麗花は悲しかった。その時、清は、「おばあちゃん、お母ちゃんはいい人だよ、余りいじめないで。おばあちゃんのいじわるーおばあちゃんのぱか-」

清は泣いて机母、に抗議議するのであった。「支邦人の子は、姑を馬鹿呼ばわりしているわ。教育が悪いんだよ。だから人種のちがうのは嫌いだよ。とっとと、出

て行っておくれ。顔など見たくないわ」おとなしい次郎は、口惜しさを胸に秘めて、麗花、さあ行こう。清、行こう」

と、沈んでいる麗花を、優しく促すようにして、清と麗花の手を取って、部屋を出た。

「ふうん-。いい年をしやがって、親が親なら、子も子だよ。見せつけやがって。二度と敷居をまたぐなよ」と、口汚くののしるのだった。

ドームの中の清は、お母さんは、何という厳しい体験をしているのだろうと、その厳しい中でも、母は耐えている。涙を流していた。

本当に可愛そうな母だ。それにひきかえ、父、次郎の婚度には、内がゆく思うのだった。

そして展開されているドラマの中で、憎しみの心で、口汚くののしっている姑の周辺は、薄暗く、赤い炎のようなものが、周辺を覆っていた。

祖母の姿を見た清は、白分の過去に比べて、白分にもあの鬼婆のようた心があったのだ。

慈悲も愛もない。金の奴隷になっていた時の心は、むしろあれ以上であったのではないかと、自分の心の中の悪い面を、しっかりと反省するのだった。

その時、ドームの上の方から、

「清-。振り返ってみるということが、わかって来たようだな。良いことだ。反省は自ら知らないでつくった、暗い心の曇りを除く良薬だ。心の曇りが晴れぼ、神の

心によって満たされるのだ。心の曇りは、みずからの心と行ないがつくるものだ。しっかりと白分の過去のドラマを、見るがよいわ」

と、清の心の中に響いて来るのであった。そして、守護霊様、どうもありがとうございます。このような機会を、お与え下さいまして……。と思った途端、

(p82-p85)

「わかればよいのだし遠慮はいらぬわ。自覚が大事なのだ。反省したら、同じ問違いを、犯すのではないー」と、また声がするのだった。

守護霊の教える言葉には、何か清の心に暖かさを与え、刃気の泉のようなものが、心の中から湧き上がるのだった。ドラマは、新しい借家での生活の状態が、

展閑されて行く。父は、自転車で製糸会社に通って、再び落ちついた家庭の生活が、、戻って来るのだった。

台湾での生活とは、問題にならない環境であったが、母の麗花は、いつも笑顔で、楽Lしうな毎日を、送っていた。それは心の中を紛らす仕事があったからだ。

父の工場から、小枠に細い絹糸が巻かれたものが来て、それを大枠に巻き、その絹糸を、大枠からはずして、一把にする仕事である。大きな車を手で廻しな

がら、よく夜なべも続げ、カラカラカラという音が、清の子守歌にもなって麗花のそばで、日中の遊びに疲れ、眠ってしまうことも、度々であった。

「麗花、疲れるから、もうおしまいにしよう。余り無理すると、体に悪いよ。」父、次郎は、麗花を心配していうのであった。

麗花は、何とか一生懸命に仕事をして、夫を助けよう、そして姑から夫がいやな事をいわれないようにと、全く自分のことを考えないで、働くのであった。

たとえ少しでも、夫の足しになるならばと麗花は、身を粉にして頑張り続けた。

日本になりきるためにも、夫の次郎に、目本料理や習慣などの本を買ってもらって、よく勉強もした。次郎の実家へ顔を出しても、立派な日本人妻として、生き

ることが、姑に認められる原因でもあるし、それには夫のよき妻であると共に、大和撫子になるための、日常の行儀などの習慣を・早く身につけることだと思っ

ていた。しかし夫の次郎は、「麗花、、お前は中国人でも、台湾人でもいいじゃないか、そんな小さた心ではいげないよ。お前は日本人より、日本人らしい心の

よい中国人だ。僕はお前を誰よりも愛しているし、愛には国境などないんだよ。お前はそんなことを捨てて、世間の人問が、どんなことをいっても・気にすること

はないよ。おぱあちゃんが、何といおうと、僕達親子が理解しあっていれぱ、いつも明るい生活が出来るんだから……」麗花は、夫の考えていることを、よく理

解していたが、外では通用しないことを、いつも思っていた。

よい嫁だ、といわれなくとも、人並の人間扱いをしてもらいたい気持が、どうしても心の中から、消すことが出来なかった。

そしてその年の夏のことだった。

台湾の実家から、さとうきびの幹と、バナナを送ってきた。

麗花は清を連れて、さとうきびの幹を三十センチくらいに切って、その太さは四、五センチ位のものを十本と、バナナの一房を持って、次郎の実家を訪れた。

珍しいものでもあるし、何とか姑の気持をやわらげたいと思って、台湾のおみやげを味わってもらおうと、気を遣うのだった。

さとうきびは、どんな果物より、おいしいものだ。その汁の味はいや味がなく、清も大好物の一つだった。

玄関の戸を開けて、「ごめん下さい。私麗花です。次郎の嫁ですー」

すると長男英一の嫁、ひでが大きな体をして出て来た。 ひでは、「ああ-」といいながら、迷惑そうな顔をした。「ちょっと待ってね」

と挨拶もしないで、奥へ入って行った。そして姑が出てきた。「お母さん、この前は失礼しました。私の実家から、さとうきびとバナナが届いたので、お持ち

ちしました。どうか、召し上って下さい」といって、風呂敷から取り出したさとうきびとバナナを、新聞紙に包んだまま、畳の上に置いたさとうきびは、長いので

、新聞紙の包の端から、茶褐色のかかった青い幹をのぞかせていた。

姑は、玄関の三畳問に正座して、何の挨拶もしないで、麗花のお土産を眺めて、顔を真赤にして、

「他人様から、お母さんなどと呼ぱれる義理はないね。次郎の嫁だと-1。あんたのような、人種のちがう女を、嫁だなんて思わないよ。家の敷居をまたいで

はいけないと、あれほどいいったのに。次郎も、次郎だ。お土産だと。

こんなとうもろこしの幹を持って来て、私を馬や牛と間違えやがって。馬鹿にするのも、いいかげんにおしよ。台湾の土人は、こんな幹を食べるだろうなあ。

わしらは、文明人だから、牛や馬の食べるものは、口に合わんですよ。とっととこんな物、持ってお帰りー。こんな動物のえさを持って来やがって」

といってさとうきびの包みを、玄関に放り出し、包がやぶげて十本がころげ出してしまった。

バナナの房は切れて、二、三本、清の足元に飛んで来た。「お母さんー。これはとうもろこしの幹ではないのです。さとうきびというおいしいもので・・・ 

(p86-p89)


p93 初版の挿絵

す。日本でとれるものは、こんなに太いおいしいさとうきびはありません。清の大好物の一つです」

といって、麗花は、放り出された、さとうきびと、バナナを、風呂敷に包もうとしている所へ、兄の嫁、ひでも来た。

「ひでや。わしになあ-。馬や牛に食べさすとうもろこしの幹を、食ぺてくれと、このずうずうしい女が、いうんだよ。本当に、馬鹿にしやがって。土人の食べる

物をなあ-」ひでも、姑の口に合わせて、

「あら本当だ。こんた物、牛や豚のえさだわ。そしてバナナも、こんなに青い物、食べられますか。貴女もいいかげんな女ね。これじゃ次郎さんも、可愛そうだ」

麗花は涙をこらえた。清は、母と一緒に放り出されたさとうきびやバナナを拾いながら、さとうきびの一本を、振り上げて、

「お母ちゃんをいじめないで。台湾のおばあちゃんは、お母ちゃんも、お父ちゃんも、大事にしてくれたよ。おぽちゃんのバカ、パカ、バカー」

振り上げたさとうきびを下ろして、泣き出してしまった。本当に可哀そうな親子の姿であった。

「親子でまあ、おばあちゃんを馬鹿にして。おじいちゃんが生きていたら、何というかしら……」

と ひでは、麗花をにらめつけていた。そこへ英一が、母の大声を聞いて、入って来た。

「さっきから、大声を張り上げて、年甲斐もない。何を文句いってるんだ。麗花は、私の妹だ。弟の嫁だぜ。おばあちゃん、いいかげんにして下さい。お前も、

おばあちゃんとぐるになって、なぜこんな優しい妹を、いじめるんだ」と、ひでを叱りつけた。

ひでは、「貴方までこんな女をかぱうの。あほらしい。私は立派な目本人だからね。貴方も人種のちがう女に近づくの。けがらわしい」

といって、奥に入ってしまった。英一の言葉を聞いて、姑も、

「二人の男子が、支邦人に魅せられて、本当にけがらわしい。ひで、お前しっかりしないと、あの女に取られてしまうよ。次郎を取ってしまったようにー」

といって、姑は、塩をつかんで、けがらわしい、けがらわしいといい淀がら、麗花と清をめがけて、振りまくのだった。

これだけ侮辱されたことのない麗花は、じっとこらえながら、お土産の包を持ち、泣いている清の手を取って、玄関を出て行った。

頭の毛は、白い塩をかぶり…。

「お兄さん、心配をかけてすみません。ご迷惑を、おかげしました-」麗花にとって、精いっぱいの挨拶だった。

「麗花さん、母を許してやって下さい。あとで、よくいっておきます。どんなことがあっても弟のめんどうをお願いします。僕も、蔭からどんなことでも協力します。

許して下さい」

不甲斐ない母とひでの態度に、英一は、許せない気持だった。そして英一は、弟のいる会社に行って、今日の出事来を一つ一つ説明した。

「次郎、家に帰ったら、俺があやまっていたと、伝えてくれ」「うん-」

次郎は、逆に自分の不甲斐なさを、見せつけられたようで、悲しかった。そして麗花を、どのように慰めればよいのか、考えがまとまらなかった。

麗花は、清を外へ遊びにやり、自分自身が哀れに思えて、その場に泣き崩れるのだった。いっそのこと、台湾に帰ってしまおうか-、

いや清が可哀そうだ。次郎も、私がいなければ。しかしあんな優しい人を置いて行く訳にはいかない。そうだ。私さえ我慢すればいいんだ。

国の母に、こんなことを伝えて、心配させても仕方がない。

あれだけ反対されても、日本人の妻になりたかったんだもの-

しかし次郎に、もっと勇気を持ってもらいたいと思うのだった。言われるままに、黙々と働いている夫に、もっと実家に厳しい態度を取って欲しいと思うのだった。

兄の英一が、厳しく姑と自分の妻のひでを叱ったように--。

しかし麗花は、いやいや、主人に、そんな苦しみをさせてはいけない。苦しみは、自分だげでいいのだ。私だげが我慢すれぱいいんだ。

自分の心にとめるからいげないんだ---。・

いやな事は、右から左の耳に通してしまえばいいんだ。

と、どんな悲しみにも、苦しみにも打ち勝とうと、麗花は決心をするのだった。夕食の準備をして、次郎の帰る時間まで、糸巻きの仕事をやっていた。清は、

「お母ちゃん、おばあちゃんて、恐い人だね。僕きらいだよ。もう行くの、よそうよ。僕きらいだ」

(p90-p95)悲しき差別

「清ちゃん、おばあちゃんは、さとうきびと、とうもろこしの幹と、問違えたんだよ。お母ちゃんの説明が悪るかったんだわ。清ちゃんも、台湾の生活と今の生

活と、違うだろう。お父さんの田舎では、牛や馬の食べ物なんだよ。バナナも青かったものねー」私が悪かったのー。清…-」

せめて清にだけでも、人の悪口を教えまいと、麗花は、自分を悪い人にするのだった。

「お母ちゃん。悪くなかったら泣かなくてもいいだろう」 「そうね。私が悪かったの。今度は気をつけようね」と涙をぬぐうのであった。

しぱらくたってから、ガラガラガラと、玄関の戸があいた。

「ただ今-清-。清-」父が帰って来た。

「お父ちゃんー。おかえりーなさい」

「はい、コンペート。麗花、お前には、下駄だ」

「ああ、嬉しいわ」着物の似合う麗花は、エプロン姿で玄関に清と共に、今日の事は忘れて、主人の次郎を迎えるのだった。

そして次郎は、麗花の両肩に手を当てて、「今日実家で、何かあったのかい」大分おふくろからいわれたそうだね。兄の英一が、あやまっておいてくれって、

わざわざ会杜に来て、いっていたぞ、もうあの家に行くな。口惜しい思いをするだけだからね」

「私が悪かったの。さとうきびを説明しないで、"これを召し上って下さい"なんていったから。牛や馬と問違えたんです。心配はいりません-」

ということで、次郎も、「ああ、そんなことか。おふくろもさとうきびと、とうもろこしの幹と間違えたんだろ。そういうこともあるだろう。まあ麗花、許してくれ」

次郎も安心するのだった。

しかし麗花は、英一の今日の態度を見て、夫も、夫の兄も麗花の良き理解者だということがわかっただけでも嬉しかった。

それからその年の秋。清が頭に大きなこぶをつくって、口から血を出して、泣きながら帰ってきた。

麗花は、いつもの泣き声とちょっと違うと思って、素足のまま外に走り出て見た。

小さい子供達にいじめられている清。

石をぶっけられ、頭に大きなこぶ。ころんで口の中を切ったのだった。

麗花は、清の頭を、水にぬらした手拭いで冷やして、清をなだめるのだった。

「清ちゃん、どうしたの」 清は、泣きじゃくりたがら、

「お母さん、台湾のおうちに帰ろうよ、台湾のおうちに帰ろうよ」 「どうしたの」

「清の頭を、支邦人、支邦人、台湾の土人。お前は人間じゃない。といって、お友達の五郎と三人でいた縁側から、突き落として、石をぶつげたんだ!」

台湾へ帰れ。台湾へ帰れ。日本人じゃない。台湾に帰れ。お前は俺のいうことを聞かなくてはいけない奴隷なんだ。牛だ、馬だってー。僕、台湾へ帰りたいよ。

台湾の友達はいじめなかった。僕、いつもいじめられてばかりいるよ。もうここにいるのは、いやだ。いやだ」といって、又泣き出すのだった。

麗花は、自分さえ我慢すれば-と思っていたのに、この小さな清までも-と、清を抱きしめたまま、麗花は一緒に泣いてしまった。

同じ人問でありたがら。しかも顔形も、変っていない。同じ血の東洋人同志が、なぜ差別するのだろう-。

麗花は、本当に悲しくなってしまうのだった。

「清ちゃん、台湾は海の向うの遠い、遠いお国なの-。もう台湾には、私達のおうちはないのよ-」

「あるよ。台中のうちが、お母さん、帰ろうよ。進君も、まゆみちゃんも、待っている台中のおうちに-。僕、帰りたいよ-」

泣きわめく清の心を、どう慰めたらよいか、麗花にはわからなかった。

このような出来事が続き、清は麗花の仕事場で遊び、外に出ることを避けるようにたって行った。休みの時は、父や母と一緒に遊び、よく利根川へ釣りに行った。

はじめての正月が近づいて来た。主人の次郎は、仕事の都合で、夜遅く帰って来た。

次郎は、今までどんなに遅くとも、午後九時には帰って来るのに、午前零時になっても、帰って来なかった。

午前一時頃。自転車の砂利をはねる音がした。そして家の前から、真暗な夜道を次郎の自転車の明りが玄関の入口を照らして来る。

(p96-p99)

麗花は、玄関の戸をあけて「お父さん。お帰り」随分遅かったわね-」

「うん、今日は前橋の得意先に行き、帰りに伊勢崎の呉服屋に寄って、お前の話をしていたので、つい遅くなってしまったんだー」

といって、自転車の風呂敷包みを、荷台の紐を解いて、麗花に渡した。

遅くなったのは、麗花の正月に着る晴着の仕上がりを待っていたためだった。次郎は、自転車を納屋に入れて、家の中に入って来た。

「なんだ。お前は、今まで仕事をしていたのか。寝ていればよかったのに」「余り遅いので、心配で寝られませんでした。時計が十二時過ぎても帰って来ない

ので、神様に無事でお帰りになりますように、祈っていたんです」

「ああ、悪かった。悪かった。ところで今の包の中を見てごらん」「はい」といって、ミシンの上に置いた包をあけて、

「貴方。この着物は……」

「麗花の正月の晴着にと思ってね」 「貴方、こんな立派な物。本当にありがとう」 「これは伊勢崎仙だよ。お前が糸取りをやった、あの絹でつくったものだよ」

「ああ。あの絹糸で、そんな高い物。申しわけありません」「さあ、着てごらん」

麗花は、鏡台の前に立って、着物を肩からかけて、「貴方、どうかしら-」

「お-。きれいだ。よく似合うよ」

といって、次郎は嬉しそうに、麗花の喜ぷ姿を、後の方から跳めていた。ドームの中の清は、

父のような暖い心が自分にはない。恵子に対して、僕は何をしてやっただろうー。仕事仕事仕事。お金が総てだと思い、父とは違った環境で、金には恵まれて

いたが、何も買ってやったことはない。

安い給料で、いつも古い着物しか着てはいなかった恵子……。清は考えこんでしまった。母の喜んでいる姿、父の心尽し。

僕は人間だろうか-。愛情のひとかけらもない男だ。

恵子に何も買ってやったことはない。

安い給料で、いつも古い着物Lか着てはいなかった恵子……。

清は考えこんでしまった。

母の喜んでいる姿、父の心尽し。

清は狭い自分の心を、哀れに思うのだった。そして恵子の姿が、清の心の中にはっきりと出て来るのだった。

清は、金の亡老から、人間味を取り戻して来るのであった。

その頃、恵子は病院のペットの上に横たわっている清の顔を、のぞきこみたがら、何か安らぎのある、仏様のような顔になって、それを今迄の清と比較した。

社長がいつもこのような平和な顔であって欲しい。病気がなおってからも。しかし大丈夫なのだろうか。不安な心を変えることが出来ないで、一人で寝た淋しさ

が、更に恵子の心の中に不安を抱かせるのだった。

仕事の方は、なんとか山口とうまくいっているが、将来を思えぱ、一寸先は暗だった。しかし清は、依然として意識不明のまま眠っていた。

父の苦脳-愛する母子故に

ドームの中に展開されている夫婦愛を通して考えている清は自分の無慈悲な人生を、父や母の愛情の中から、強く反省しているのだった。

ドームの外のドラマは続いた--

清は、父に連れられて、門松の松を、山に取りに行った。正月の準備である。

自転車のハンドルの手前に、座布団を折って横棒に当て、ハンドルと父の間に乗って。二十分くらいの所で、一二本の同じ位の松を切った。

次郎は、しばらくぶりに見る実家の山の中を、もう三十年も前のことを思い出しながら、清と共に歩いて見た。

松がいっぱい植えてあったが、もうこんなに大きくなっている。

「清、お父さんがお前くらいの年の頃、この松を植えたんだぞ。どうだ、広い大きな山だろ 

つづき 

P.100-149