トップページヘ

高橋 信次氏 創作 「愛は憎しみを越えて」 (昭和48年発行)

 
(初版)     改訂版

本書は、当方の尊敬・研究する故人 高橋信次氏が、わずか4日間で創作したといわれる創作小説です。
以下の本書転載は「当店の店長の後悔日誌」に2002年以降、出版元である三宝出版編集部様の許可を
頂き、通常一般の方に目に届きにくい基本的に宗教書でもある本書を、あくまで本書販売促進、宣伝のための
引用として掲載させて頂いておりました。

それをここに再編集・連結し掲載をするものです。
もし、本書に共感をいただいた方は、ぜひご購読をお願いいたします。一般に、大きな書店には置かれています。
また、快くご承諾をいただきました三法出版編集部様に心から感謝申し上げます。

(当方は、高橋信次氏の著書を推奨しているだけで、団体への関与、営利的関係は一切ありません。)

出版元はこちら(オンラインでも購入できます)

p.7-49 p.50-99 p.100-149 p.150-199 (恐れ入ります。購入促進を考慮し、p.200以降は掲載を取りやめました)

p.150-199

(p.150〜154)

と親切に1枚の紙を麗花に渡した。麗花は、

「ちょっとお伺いしますが、先程のお話の中で、非鉄とは、何のことですか……」と、質問すると、

「ああ-非鉄ですか。銅・真鍮・アルミニウム類のことです。その単価表にも、分類して書いてあります」

麗花は、単価表を見て、目方が貫目になっているので、これは困ったと思った。台湾では斤(きん)であった。

「失礼ですが、一貫目は、何斤でしょうか」

「お秒糖なら、何斤ということは知っていますが、鉄や銅を、何斤ということは、聞いたことはありませんなあ

……それはどちらの計量でしょうか」

といわれた瞬問に、これはしまったと、麗花は台湾人であることが、わかってしまう。ちょっとためらって、

「はい。つい目方の単位を、sで考えていたものですから、つい昨日、お秒糖を二斤買いましたもので、貫目といわれたもので、

錯覚を起こしてしまいました。sで計算してみます」冷汗をかきながら、宮川の主人にいった。

(p152-p155)  柱なき母子-風雪に耐えて

「いやいや。日方を計るのには、いろいろの単位がありますからなあ-。どうぞsで換算して下さい」

「どうも本当にありがとうございました。明後目から参りますから、よろしくお願いします」

といって、麗花は胸をどきどきさせたがら、帰宅するのであった。

相変らず、強い風が、麗花の頗をかすめて行く。

夢恵う故郷-安らぎの道はいずこ

麗花は、顔も田舎の人のように、日に焼け、頬が赤く、誰が見ても、日本人の顔になっていった。

鏡を見ながら、リ・トウー・チータウ…と、台湾語で、彼はどちらの家でしょうか、私は日本人よと、ひとりごとを言って、自分の顔を

みつめていた。

日本人として生きようとする麗花の心は、子供のためでもあり、自分が目本人から軽蔑されたくない、という考えが、大きかった。

そして今度、生まれる時は、皆平等な人類愛に満ちた国に、生まれたいと思っていた。

麗花は、女学校時代から、厳しい台湾人と日本人の差別された杜会に、大きな疑問を持ち、同じ顔をした人間同志でありながら

、国境のちがいで、支配者と非支配者になってしまう矛盾に、悩んだこともあった。

生活様式.食べ物.家の建て方・服装は違っているが、同じ東洋人、黄色人種ではないか。どんなに小さくなって生活しても、同じ

人問同志の差別は、麗花には、耐えられなかった。

社会生活の中で、平和に、そしてお互いの人格を認め合った自由こそ、人の道ではないだろうかと、異国で生活している麗花には

、特に身にしみるのであった。

貧富の差、地位や権力の差、因々の差、文明の差によって、人問の価値は決まらないものだろうと、いつも麗花は考えていた。

人種差別の重荷を下ろしたら、どんなに人生が楽しいだろう。

この苦しみは、抑圧された人種でなくては、理解出来ないことかも知れない。

太陽(おてんと)様は、貧乏人にも、金持の人々にも、皆平等に与えられているのに、その下で生活し、生かされている人間が、

不平等を、つくっているのだと思うのであった。

しかし差別の重石は、麗花の運命なのかもしれないと、自分を、自分であきらめていた。たとえ異国人であっても、今は亡き夫は、

麗花を、人間として平等に扱ってくれたことを思えば、差別の原因は、生まれた環境に対する人それぞれの優越感が、あるからだろう。

そうして人間は、生まれた環境によって、その人の価値が、定まるものではないはずだ。

又生まれた環境によって聖人になるものではないという事実は、イエス・キリスト様でも、またエジプトのモーゼ様を考えても、いえるだ

ろう。

人問としての道を守り抜き、人類救済の道を説き、多くの衆生を救った行為が、聖人として敬われているはずだ。成し遂げた業績が、

その人格を定めるものではたいだろうか。

麗花は、鏡をみつめながら、いろいろと考えてみた。

しかし現実の世界では、たとえ重荷であっても、自分の身分を、あえていう必要はないと、思うのであった。

ちょうど、木葉蝶(このはちょう)のように。

問違ってはいるけれど、社会の意識がそうなっている以上、仕方がないと、思う以外になかった。

必ずいつの日か、このような苦しみの生活から解放されたい。自分達は仕方がないが、せめて

清達のようた子供達だけでも、そのような社会に住まわせたいものだ、と願うのであった。清は、学校から帰り、勉強をしている。

麗花は、二階に上がり、「清ちゃん。お母さんは、貴方を中学校に入れたいと思いますが、貴方の気持は、どうなの…」

「うん…。僕も行けれぼ、行きたいなあ。お母ちゃんに苦労をかけたくないから、僕は早くお金もうけをして、お母ちゃんを安心させたい

なあ…」

清は中学校に入りたいし、母の苦労を見ていると、小さな子供であっても、親孝行をしたいと

いう、二つの心があるのは、むしろ当然なのかもしれない。

麗花は、「お金もうけは、お前がもっと大きくなってから、やればいいじゃない・・・。学問は、出切る時にやらなたくては、駄目なのよ……。

お母さんは、一生懸命働いて、中学校へやりたいし、働く場所も見つかったから、お前の学資は、心配しなくてもいいのよ」

麗花は、今日商売のことを、層問屋で相談して来たことについてば、清には、詳しいことはいわなかった。

たとえ汚れた商売であっても、生活が出来れば、今の麗花にとっては、天国なのであった。

多感な清に、屑屋を始めるなどといえぼ、かえって将来のことを考え、中学校に行くことを、断念しかねないからだ。

(p156-p159)  

明日は学校へ行って、清の進学のことを、担任の木内先生と話し合って、決めようと思い、清にに安心して勉強出来るようにと、麗花の心

の中は、いっぱいであった。

ひなか今は亡き主人のことも、日中は思い出す暇もなかった。

床に入り、ほっとした時に、懐しかった、台湾の生活、日本での生活を思い出し、優しかった夫の面影を、楽しむのであった。

今は清を立派な人間に仕上げるために、どうすれぱよいか、母として取るべき道を、いろいろと考えた末に、肉体的外見にとらわれない

ように、努めようと思うのであった。外は真暗、人っ子一人通らない町はずれの夜だ。

十一月ともなれぼ、利根川の風は音をたてて通り抜ける。犬の遠吠が何か淋しさを感じさせる。

眠れたいままに二階の雨戸を開けると、星も寒そうに、灯火のない田舎の空に、散らばっている。

台湾に通じているこの大空の彼方で、故郷の子ぽんのうな母も、私のことを心配して、この星空を眺めているのかもしれない。と思った、

大空を飛んで、暖い国の母の胸に、とびこんで行きたいようた気がした。

しかし、麗花は、清の寝顔を振り返って見たとき、今の考えは間違っていると思った。

自分の選んだ道は、自分で切り開いて行かなくては、誰が手助けをしてくれるものか。

白分が正しく生きるために、片寄らない考えと行ないを通した時に、必ず道は開かれるものだと、麗花は考えていた。

又そうでなくてはならないのが、人の道といえよう。

雨戸を締めて、床に入った時は、風の音も少なくなり、引き込まれるように、眠っていった。夫につくってもらった、銘仙の着物を着て、

今迄忘れていた鏡台の中から、化粧道具を取り出し、軽く顔をなでて、清が学校へ行って、しばらくしてから出かけた。

畔道(あぜみち)を通り、大通りに出る頃から、肩に掛けたショールの端と、着物の裾が、風にあおられ、思うように歩けない。風に斜め

に体を向けて歩く以外にはなかった。

自転車に乗って進む人々も、腰を掛けてペタルを踏むが、前に進まないのか、駆け足のように腰を上げて、ペタルを踏んでいる。

学校に着いた時は、昼休みであった。

校庭の側から、細道を通って入って行くと、生徒達は、縄飛びをやっている者、まり投げをし、いる者、鬼ごっこをしている者。

風の吹く中で跳び廻っている者、いろいろであった。

清の教室の窓に、何人かの生徒が、集まり、麗花を指さして、話をしている。

「あの細遣を歩いて、こっちに向って来るおばさんは、清君のお母さんだ-」と、いったのは、二、三回遊びに来た、江川すみ子であった。

「清、君のお母さんって、若いわね。本当に、きれいなお母さんだ。背もすらっとして……」

どれ、どれ……と、他の生徒も、興味本位に、のぞいている。鈴木道子は、

「日舎のお母さんでは、もったいないわね。優しそうな、お母さんだなあー。清君。お母さんが来るわよ……」

と、清の机の所に来て、一生懸命に促していたが、清は恥ずかしそうに、そして又どんなことをいわれるか、わからないので、黙って

机に向かって、国語の漢字を追っていた。

他の…男子の生徒は、外で遊んでいたために、冷やかされなくてもすむ、と思いながら、母のことが心配であった。

先生と話し合ったことを、家で母から聞くことを、楽しみにしていた。

麗花は職員室と黒い木の札に、白く書かれて、横に掲げられている戸口に立って、こつこつと、戸をノックした。

女の先生が出て来て、「何の御用ですか」と、聞かれ「木内先生に、お会いしたいのですが」と、いうと、その女の先生は

「木内先生!!一木内先生!!父兄の方が、お見えです」と、大きな声で呼び、

「今、参りますから、どうぞ中にお入り下さい」と、親切に招いてくれた。

「どうも、ありがとうございます」と、麗花が挨拶すると、木内先生が、

「いやあ。過日ば突然上がりまして、失礼しました」

と、大きな体で、近づいて来た。

「先生。清の進学のことで参りましたが、お頗いします」「どうぞ、こちらへ」

と、木内先生は、麗花を自分の机の前に案内して、椅子を進めた。小使いが、お茶をすすめる。

始めて職員室に入ったが、各学級の先生が、机を並べていた。何か耳をそばだて、聞かれてい

(p160-p164)

るようで、うつ向きながら、お茶を頂いていた。木内先生は、「清君の進学は決まりましたか」麗花は先生の言葉で、はっとして、

「はい。一人子ですし、何とか中学校へやりたいと思って、先生にお願いに来ました」

「ああ…・。それはよかった。あの子の努力している姿を見ていると、小学校だけでは、もったいない。どんなにも、伸ばせば、

伸びる子供です。不言実行型ですからね。ただ、もう少し、子供らしく、朗らかになって、もらいたいと思っています。

ちょっと、遠慮がちの点が心配です」と、先生の忌憚のない評価であった。

麗花は、間の子、ちゃんころ、といわれて、幼い心の中で、言わざる。見ざる。聞かざるという生活の知恵が、このようにしてしまっ

たのかもしれない。萎縮しているのだろうか。人種差別の偏見が、清の心を、小さくしてしまったのだろう。

可哀想だと思いたがらも、そんなことで負けてしまうようでは、男の子として、不安であった。そして、「清君は、何事でも遠慮深い

点さえ除けぱ、立派だと思います。何か負け犬が、しっぽを下げているような感じが、見受けられて、私は残念に思います。お母さ

んからもこの点を、注意してやって下さい」

と、先生からいわれた時、そのようなことは、麗花の心の中でも、いつも清と同じような気持が、支配していた。

人より出しゃばれば、いわれるし、引込み思案でもいわれることを、自分でもよくわかっていたし、清にこれを要求することは、麗花に

とっても、むずかしいものだと思った。

「先生。いろいろとありがとうございます。清とよく相談します」

「その件は、私も清君によく注意します。そこで、進学のことは、私が入試の手続きの書類を、清君にお渡ししますから、保証人などを

考えておいて下さい」「はい、わかりました……」

といったものの、保証人といわれても、夫の実家では、引ぎ受けてくれないことは、わかっていただけに、困ってしまった。

しかし何とかしなくてはならない。麗花は、いずれ手続きの書類を、見てから考えようと、思うのであった。

「どうも、お母さん、わざわざ済みませんでした」

と、先生ば午後の授業が控えていたので、忙しいのだろう。次の授業の本を持ちながら、ちょっと落ちつかない様子であった。

話中に、授業のベルが鳴り、職員室の先生が、各教室に行き、校長と教頭だけが残って、何か話をしていた。

麗花は先生に、「よろしくお願い致します」といって、椅子から立って、出口に歩いた。

先生も後から、「お母さん、頑張って下さい。清君のことは、私も引受けました」といいながら、教室に向かうのであった。

麗花は、一つ肩の荷が下りたようた気がして、帰りは農協の販売所に寄って、清の好物の肉と卵を買って、家路についた。

明目から一生懸命に働かなくては、と思いながら、夕食の準備をした。

清は、「お母ちゃん。今日はご苦労さん。友達が、お母さんって、きれいだなあ。若いなあ。田舎では、もったいない、ほめていたよ。

僕、嬉しくなってしまった。先生は、何ていっていたの…」

「あら。そんなにほめられても、何のお返しも出来ないわ。清ちゃんが、遠慮しないで、朗らかになってくれれぼ、お母さんは、一番

嬉しいわ。」と麗花は、しばらくぶりに、笑顔になった清の顔を見て、本当に嬉しかった。

「先生は、何ていってたの。お母ちゃん」

「そうね、中学校へ行くまで、先生は、責任を持ちますって、いってましたよ。清ちゃんの良い芽を、伸ぱしてやりたいと思っているって

……。ただ、子供らしく、はつらつとしてほしいといってたわ。それさえあれば鬼に金棒だと……」

清は、白分が引込思案であることも、よくしっていたが、人より出れば、必ず悪口をいわれるのが恐ろしかったのであった。

「お母ちゃん。先生のいうこと、わかったよ。僕、頑張って見るよ……。余りお母ちゃんに心配かけると、お父ちゃんに、怒られてしまう

からなあ」と、亡き父のことが、清の心の中に焼きついていて、いつもお父ちゃんがいてくれれぼいいなあ、良い友達で、良い話し相

手になってくれるものを……。と、淋しい時や、悲しい時には、いつも思っていた。

(p165-p168)  

そして清は、今日から受験勉強をしようと決心をして、「お母ちゃん。明日県立中学校の入試出題集を買いたいんだけれど、いいかな

あ。それから自転車も、古いのでいいから、買ってくれる?」

と、夫が亡くなってから始めて、買いたい物を、麗花に無心するのであった。

麗花は、「入試の出題集は、お買いなさい。自転車は、どうするの-」と、突然に自転車の話が出たので、驚いてしまった。

「僕。前から、新聞配達か、納豆売りを、しようと思っていたんだ。お母ちゃんにばかり苦労をかけるのは、可哀想なんだもの……」

麗花は、思わず、我が子の言葉に、胸が詰まり、返事が出来ず、割烹着の裾で、涙を拭うのだった。

「お母ちゃん。自転車は駄目なの?走って、納豆や新聞を配達するより、自転車の方が、早くて、多く売れるし配達出来るもの……

僕、欲しいんだ」麗花は、食事の準嫡をやめて、清のそぱに寄り、

「清ちゃん。お母さんが意気地がないから、心配かけて、すまないね。そんなに心配しなくてもお母ちゃんも、一生懸命に働くから、

勉強だけをしておくれ」と、目に涙を溜めて、心優しい清を見詰め、後は言葉にならなかった。

「お母ちゃん。心配いらないよ。自転車買えなければ、僕明日から、納豆売りをやることに、町のおじちゃんと、約束してしまったから、

朝四時半から七時まで、やって見るよ。お父ちゃんの代りに、僕頑張るから-」

清は、前から考えていたことだけに、中学校へ行く以上、少しでも足しにしたいと思っていたのである。

麗花は清の意志の強さを知って、二日ばかり待つように、清を納得させるのだった。

それはリヤカーを買う心算であったが、宮川の主人が商売用に貸すことになっていたので、自転車を買ってやろうと思った。

「清ちゃん。貴方の考えていることが、よくわかったわ。自転車のことは、一日待って頂戴巧戴ね。それから

納豆売りも、一日だけ延ぼして頂戴-。明日、一日待ってくれれぼ・お母さんが何とかして上げましょう。」

麗花は、子供の厳しい態度を見た時、母として、出来る限りの事を、してやりたいと思った。

そして明日、層問屋の主人に、一応相談して見ようと思うのであった。

「お母ちゃん。自転車が無理なら、いいよ。下着の暖かいものがあれぱ、冬でも寒くないからね。そして走っているうちに、暖くなって

しまうと思うんだ。自転車に乗ると、手袋も必要だし、お金がかかってしまうもんたあ。僕は、やっぱり走ってやるよ。お母ちゃんこそ、

風邪をひかないように、気っげておくれよ。お母ちゃんに寝込まれてしまったら、僕、どうにもならないから-。風も冷たいからなあ」

麗花は、清のいっていることが、亡き主人の言葉のように思えるのであった。

お父さんさえ生きておったら、本当に喜んでくれただろう-。

と、清の親を思う美しい心に、母として、よくここまで育てて来たものだと、本当に嬉かった。

小さい子供だ、子供だと思っているうちに、子供は育ち、自分の考えを、しっかりと持っている。

「お母ちゃん。揚(やん)のお姉ちゃんがいたら、助かるね。お母ちゃん一人では、大変だよ」と、清は幸福だった台湾の頃を、思い出

して、にっこりと笑った。

麗花は、何不自由なく育って来ただけに、我が子が、不びんでならなかった。

私がこのような子供の頃、何を考えていたのだろうか。

親のいうことを聞かないで、兄達と台中の町に、映画や食事に行ったことが、度々あったことを、思い出すのであった。

そして何一つ、両親に優しい言葉をかけないままお嫁に行き、心配ばかりかけて来た自分の不甲斐なさを、恨らめしくも思った。

自分が一人の子の親として、夫に先立たれた未亡人として、最も厳しい環境にいることを、しっかりと麗花は、自分をみつめなおすの

であった。

最も、自分に厳しく、生きなくてはならたいのではないだろうかと。

しかしこのような美しい心の子供が、自分の生んだ子供だ、と思うと、将来の夢が又大きくふくらんで行くのであった。

「清ちゃん。揚さんも、お嫁に行ってしまったのではないかしら。きっと、清ちゃんのような、良い子を生んで、幸福に暮しているかもし

れなたいわよ」

「そうかなあ。あのお姉ちゃんは、優しかったよ。まだ覚えているよ。お母ちゃんは、本当にお父ちゃんと結婚して、可哀想だったなあ」

「何をいうの。私は、清ちゃんのような良い子を持って、本当に幸わせだと思っているよ。お父さんと結婚したから、清ちゃんが生まれた

んだろう」

「だってさあ。お父さんと結婚しなかったら、こんなに人から馬鹿にされなくても、済んだんだろう。おじいちゃんの家は、金持だから、

お母ちゃんなんか、本当にいい所へ、お嫁に行けたんだろ。僕、お母ちゃんを、可哀想に思うよ。学校の友達も、田舎には、もったいな

いって、いってたもん」

麗花は、清の言葉を聞き、何か不思議な気持になった。

母と子の仲良く語る会話も、いつの問にか時が過ぎ、午前零時を時計の針は、さしていた。

(p169-p172) 

清は、母のいう通り、日曜日の朝から、納豆売りを、することになった。

地獄で仏-美しい心の姿

翌朝、麗花は清と一締に、弁当を持って、家を出た。

途中の大通りから左右に別れたが、清は、「お母ぢゃん。行っていらっしゃい」と、いつまでも、姿が見えなくなるまで、手を振っていた。

麗花は、モンペ姿で、頭には手拭いをかぶり、本当の軽装であった。間屋の主人は、

「やあ、奥さん。今日は警察の営業許可を、申請しますから、一緒に行って下さい。許可が下りるまで、店の手伝いをして下さい。その間

の給料は、払いますから」といわれた時、麗花の心は、どきっとした。

警察で調べられれば、台湾人ということがわかってしまうからだ。余りにも容易に考えていた自分が、いやになってしまった。

「御ご主人さん。警察へ行かなくては、商売が出来ないんですか」

「そうなんです。古物商としての、許可がいるんです。いろいろと厳しい規制を、守らなくてはならないからです」麗花は、青ざめてしまった。

どうしようか-。一生懸命に働こうと思っていたのに-。

「営業許可がなくても、出来る方法は、ないんでしょうかー」

「ありませんね。それには戸籍騰本と、写真、保証人が必要なのですー」

「そうですかー」

もうためらっていても仕方がない、と麗花は決心をして、主人にお願いするのであった。

「私は夫に先立たれ、今、六年生の予供がいます。僅かの小銭で、商売をしようと思ったのですが、それには、廃品回収業が一番早いし、

一生懸命に働けば、子供を中学にもやれるし、生活も出来ると思っていました。それに子供に自転車の中古品を買ってやりたいと思い、

御主人の処で働けば、リヤカーは貸して下さるといわれたので、これは条件が良いと思い、リヤカーを買うつもりのお金で、子供の自転車

を買ってやろうと、今日から働く決心で来たのですが、何とかならないでしょうか」

主人は、麗花の仕度を見た時に、働こうとする意欲を感じていた。

「お話を聞けば、本当にお気の毒です。では、私の店で働いて下さい。帳簿は、つけられますか」

「はい。指図して頂けば、出来ると思います」

「では、いろいろと細かい仕事がありますから、今日から勤めて下さい。丁度、私の店も、手が欲しかったのです。お子さんの自転車は、

古いけれども、まだ充分乗れるものが、倉庫にありますから、屑にすれぼ、二束三文にしかなりません。私が、お子さんにただで上げます。

空気入れも、あるから持って行って下さい」といって、宮川の主人は、

「小林--、倉庫の中に入っている自転車で、使い物になりそうなのを、二、三台出して来な。それからポンプもなあ」

「はい、わかりました」

と、五十代のおじさんは、倉庫に入って行った。

麗花は、本当に親切な人だ、と地獄で仏に会ったような気がした。

警察に行けば、恐らく麗花の身分がわかり、こんなに親切にしてくれないだろうとも、思った。

麗花は、飽く迄も、日本人でありたかった。生きて行くためには、仕方がなかったからだ。

「奥さんの名前は、何といいますかね」主人は、麗花を事務所に呼んで、質問をした。

「はい。私は三田村麗花と申します」

「三田村さん。従業員名簿に書いて下さい。書き入れる所には※印がついていますから、どうぞ万年筆をー」と麗花に紙と万年筆を渡した。

「はい」

「本籍地は、郡馬県伊勢崎ですか。お住いは、町はずれですね。麗花とは、珍らしい名前ですね。

名前のように美しい方ですよ。こんな美しい奥さんを、置き去りにして、御主人も、罪だよ」

と、主人の宮川は、麗花に親しそうに話すのであった。

麗花は、自分の名前の説明をしろと、いわれるかと思って、冷やっとした。

三田村さん、事務関係の仕事は、一日に三時間もあれば、整理出来ます。それから名刺をつくって上げますから、営業をやりなさい。

そうすれぼ、生活も楽になりますよー1。営業は、工場などの、大口の屑を、買入れるのです。三田村さんなら出来ますよ。朝から、会社の

所在地の一覧表がありますから、そちらを歩いて、層があったら、契約をして、屑は店の車で取りにやります。

売上げの一割五分を、お支払しますよ。商売のこつは、安く買って、高く売ることです。やっ

(p172-p175) 

てみなさい。店には、三時から六時まで、勤めて下さい。後は、三田村さんの自由です。自由ということは、営業をする時間、ということにし

ましたからね。一カ月三十円を保証します」

麗花は狐につままれたような気がした。しかし一ヶ月三十円では、生活出来ないだろうが、家賃も払わなくてはならないし-と、考えている

と、主人の宮川は、念を押すように、

「必ず三田村さんなら出来ますよ。従来の取引先だから、願を出して、暦の単価を、一昨日の単価より、少しでも安ければ、貴女のもうけと

いうことになります」と、親切に教えてくれるのだった。

「何から何まで、本当にありがとうございます」

麗花は、何か大船に乗ったような気がした。

そして更に主人は、「私の店の従業員として、営業をやるならぱ、営業許可は、いりません。屑は、私の店の者が引き取って、

支払いをするのですから、別に貴女の虎の子に、手をつける必要は、ないでしょう」と、いうのであった。

麗花は、そんなに甘えてよいのだろうかと、疑問に思ったが、自分がしっかりすればよいと思って、主人の宮川の言うとおりにした。

「では早速仕事をして下さい。今は屑の整理をして下さい。おい、小田、三田村さんを紹介しよう」

「私、三田村です。よろしくお願いします」

「三田村さんには、営業と事務をやってもらうからな。よく仕事を教えてやってくれ」

て、先程の、自転車を二台、広場に出されたものを、主人の宮川は、見ていた。

自転車の虫ゴムを入れ替えれば、チューブに、空気を入れると、しかりした自転車になった。

ほこりを払って、ペソキを塗ってしまった。そして自転車に載せて、鑑札を受けに讐察へ持って行き、三旧村麗花の名前で、登録

されて来た。丁度食事中であった。

「三田村さんーこの自転車は、一台は貴女の営業に使って下さい。もう一台は、息子さんに上げて下さい」麗花は、余りの嬉しさ

に、大粒の涙を流して、宮川にお礼をいうのであった。

日本に来て、始めて人問らしい親切をしてもらったからだ。

「三田村さん。層にしたら、二束三文ですから、そんなに御礼をいわれたら、私は恥ずかしいですよ。どっち道、屑で買ったもので

すからね。何も心配しないで下さい」麗花は、何ども、何ども、頭を下げた。

そして更に、「自転車の油も持って行きなさいー」と、つげ加えてから、

「今日帰りに、店の若い者に、お宅に届けさせますから、心配しないで下さい。店の営業員ですから、しっかりやって下さいよ」とい

うのであった。

麗花は、六時に帰宅した。家の庭に、二台の自転車が、既に運ぼれていた。

清は、「お母ちゃん。さっき自転車屋さんが、二台持って来たよ。二台も買ったの」

「ああ。清かい。今日勤めた所で、一台は清に、一台は私の仕事用に、お店から頂いたのよ」

「お母ちゃん本当-」僕嬉しいなあ、僕乗ってみよう。お母ちゃんのもよく磨いてやるよ」

清は、父の自転車に乗ったことがあるので、心配はなかった。

「お母ちゃん。調子がいいよ。お母ちゃんが、新しい鍍金(めっき)の剥げない方がいいから、乗りなよよ。僕は少しくらい錆(さび)が

出ていてもかまわないから。そして僕が名前を書いて上げるよ-」

と、父が残してあった、白ペンキで、早速母と自分の名前を、書いてしまった。

「お母ちゃん。日本にも親切な人がいるんだね。僕、一生懸命にやるよ。中学に合格したら、

この自転車で、通学するよ。いいだろう」「それ、、いいのよ。木当によかったわね」

拠り所のない麗花の心の中に、人の世の情が、しみじみと、わかるのであった。

やっぱり清と、日本にいてよかった、と思うのであった。

清は、朝自分で四時に起きて、納豆屋に仕入れに行き、寒い朝でも、ナットー ナットー ナットーと、町や村を売り歩いて、帰って

から、学校へ通うのであった。厳しい人生の試練でもあった。

店主の教えた通りにやって、結構商売になった。

十二月も押し迫った、ある朝、清は顔に衿巻を巻いて、手袋をはめ、朝早く町の中を、売り歩いていた。

「納豆屋さん、納豆屋さん」と、呼びとめられ、良家の奥さんが「坊や毎朝精が出るね。ちょっと、お勝手においで。暖かい甘酒をお飲みー」

といって、わざわざ暖ためた甘酒を、清に飲ませた。「坊や。何歳になるの」

(p176-p179)

「十二歳です」

「いい子だね。お父さんも、お母さんもいるのかい」

「お父ちゃんは、去年の夏、病気で死んでしまい、お母ちゃんと一緒に働きながら、学校へ行っているんだ。

僕、一生懸命に働いて、親孝行するんだ。おばさん。御馳走様でした」

清の美しい心に打たれた奥さんは、わざわざ握り飯をつくって、清にくれるのだった。

「毎日、私の家に、納豆を届けておくれ」といいながら、奥さんは、涙を流したがら、「元気でやるんだよ」といって、清を送ってくれるのだった。

清の身内の者が近くにいながら、振り向きもしないのに、何の血縁もない人々の慈悲によって、清は楽しく納豆売りを、続けるのであった。

中学校の入学試験の届けも済み、清は、向学心に燃えて、人生の厳しい荒波の中を渡って行く。麗花も、問屋の主人から渡された、名刺

と自転車に乗って、単価表を片手に、お得意先を廻り、片倉製糸や大口の得意先から、次々と、屑買いの約束を果して、月に七拾円近く

の収入があった。

 正月は三日だけ休み、親子は助け合いながら、寒風を押して生き抜いて行った。麗花の営業としての腕は、日増しに上がり、取引先でも

、信用があった。二月に入り、清は風邪をひき、三日ぱかり納豆売りを休んでしまった。

そして熱も下がったので、又朝早くから納豆を売り歩いていた。

いつも親切にしてくれる奥さんが、

「坊や。どうしたの、二、三日坊やがこないので、心配していたの。さあ、今日はおしるこでもお食べ。こちらに上がりなさい」

といってくれた。御馳走になって、お礼をいい、帰ろうとすると、勝手にあった紙包みをポケットの中に入れてくれた。この奥さんは、母より

十才位、上のように思えた優しいおばさんだった。

清は、家に帰って、開げて見ると、中には、「坊や毎日御苦労様。私も坊やくらいの子供がありました。三年前に亡くなり、坊やが、自分の

子供のように思えて仕方がたく、毎朝納豆売りに来る時に、話をするのが楽しみになりました。大分貧乏のように思えて、坊が不びんでな

りません。このお金は、主人の親しい人から頼まれた三拾円です。可衰想な子供がいたら、渡して下さいーということで、坊や以外には、使っ

てもらえる人はいません。どうか学校に行く足しにして下さい。 大田美代子より」

という手紙と共に、三拾円入っていた。母の麗花は、清と共に、暖い人々の情に、手を取り合って、涙にむせぶのであった。

一清ちゃん人間の心からの慈愛を、忘れては、いけませんよ。自分が出来るようになったら、気の毒な

人々に尽すことが、他人から与えられた慈悲に対する報恩ということになるのです。そしてそれは一生懸命に勉強することも、慈愛をかけて

下さった方達に対する報恩にも、なるのですよ」

「お母ちゃん。わかったよ」清の手も・あかぎれで、赤く腫れていた。麗花は、清の手を持つて、手の甲をさすってやりながら、血液の循環を

良くしてやるのであった。そしてクリームを塗って、よくマッサージをしてやった。

「明日の朝は、私は清ちゃんと一緒に納豆売りに行って、大田さんの家に挨拶に行き、このお金をお返ししようね」「はい。お母ちゃん、僕し

らないで、貰ってしまったんだ。御免なさい」

と、清は、母の言っていることは、本当に正しいことだと思った。

「人間は、慈愛の心が大事なのよ。行為が大事なのよ。清ちゃんも、しっかりと頑張りましょう

麗花は、清と共に、大田さんの家を訪れ、「私は三田村と申します。清の母です。この度は、こんな大金を頂きましたが、いつも可愛がって

下さるお得意さんに、申しわけありません。お返しに上がりました」

「三田村さん。ほんとうに立派なお子さんですね。私の心尽しでは、ありません。主人の親しい人からの、嫡り物です。このお金は、坊や以

外には、やれません。遠慮はいりません。どうぞ、お納め下さい。坊やから今迄もいろいろと、良いお母さんだということを、聞いていました。

良くいらっしゃいました」麗花は、返す言葉もなく、親切に応ずる以外になかった。そして大田さんは、

「坊やが、納豆売りをやっている問は、是非私の家にもお願いします。主人も、大好物なのです。そして奥さんも、是非お遊びに来て下さい。

こんなところでよかったら、是非主人にも紹介します」

といっている所へ、寝巻き姿の主人が、

「やあ、やあ、坊や、おはよう、毎朝よく頑張るね-」

と、清の頭をなで、

「お母さんですか。私達は、坊やの来るのが楽しみで、予供が亡くなってからというものは、

(p180-p184) 

火の消えた家になってしまいました。坊やが来てくれるので、結構私達夫婦は、慰められているんです。今後とも、よろしく……」

と、本当に気さくな、良い人々であった。

麗花親子は、朝食を御馳走になって、家路につき、親切な人々のために、私達は頑張って、生き抜かなければならないと、

むつまじい親子の対話であった。

霜柱を踏んで走る自転車のタイヤの跡が、懐中電灯の光によって、二本の線が、ある時は重なり、ある時は交叉して、道路に描かれて行く。

先を走る清の自転車のタイヤの跡が、長い人生の夜明けに向って、進んで行くように、思えるのであった。東の空は白み、今日も天気だ。

清は、残りの納豆を売るため、町の住宅街に来ると、ナットーナットーナットー

と、声を張り上げる。寒気をっいて、美しい清少年の声が、朝の空気を伝わって、民家のかまどに響いて行く。

麗花は清と別れて、一足先に家に着く。そして今日の寒気のように、清も厳しい社会の荒波を

p.180 初版の挿絵

(p182-p185) 

勇気と努力と知恵を働かせて、立派な社会人になって欲しいと、夫の霊前で、祈るのであった。

麗花は、清の帰りを待って、炬燵の火を増して、暖かいお茶を用意していた。もうじきお正月だ。

タンスの中に入れておいた亡夫から頂いた着物を、衣紋掛けにかけて、正月の時に着る準備をした。

懐しい思い出の着物であった。

壁にかけられている夫の写真が、無言のまま、麗花に「悪いね-。苦労をかけて-」と言っているような気がした。

そして麗花は、「今から忙しくなるぞ。書き入れだぞ-」と店の主人

がいった意味が、理解出来、年末に整理する得意先の層物が出ることを、言っていたことを思い出して、今日は、新しい得意先を見つけよう

と思って、清より先に家を出た。

 清と共に、今朝通った道を通り、町の中に行く。そして機械工場を何軒か廻って見た。

十一時頃のこと。自転車で大通りを行くとギリギリギリという雑音を出している工場の前に出た。

「これは始めての会社だ。何か屑があるだろうか」.と思って、自転車を止めて、

「今日は-。私は三田村と申しますが」といって、名刺を出して、

「お宅様には、何か屑鉄か、ビン類の廃品は、ありませんか」

と、麗花は、勇気を振って、聞いてみた。

すると受付の娘さんが、

「丁度・今工場の中を整理して、正月休みの準備をしているから、あるかもしれません。ちょっとお待ち下さい-」

と、事務所から工場の方に入って行った。

麗花は何かあって欲しいと、神様に祈る気持であった。

しぱらくすると、四十代の、工場長らしい人が出てきて、

「屑物は得意先がありましてなあ、始めての方には売れませんわ。毎月、得意先の間屋さんが取りに来るんですから、駄目ですなあ」

「ああ。そうですか。それでは、その辺に転っている空カンや、ビンでもいいのですが、私が整理しますから、売って頂けますか」

「そんなもの、僅かでしょう」

「いいえ。僅かでも、結構です」「それならどうぞ。袋は上げますから、その中に入れて、持って帰って下さい。お金はいりません。」

「整理代として、その屑を上げます」

ということだった。

麗花は、これで無駄足にならないと思って、竹ぼうきを持ちながら、庭の隅に転っている箱詰の空カンや、ピールビンの整理を始めた。

そして南京袋の中に入れている時であった。

「三田村さんではありませんか-」と、後の方から男の声がした。

麗花は振り向き「ああ」と思い、顔が赤くなってしまった。それは今朝、清と共に訪れた、大田さんの御主人であった。

「どうして私の会社を、知っているんですか。三田村さん。そんた空カン、どうするんです。さあさあ、こちらに上がりなさい」

と、会社の応接問に案内された。「大田の御主人様。申しわけありません。先程、工場の方に、庭に転っている廃品を売って頂きたい

と申しましたら、このような所をお見せして」まって。どうもすみません--」

と、深く頭を下げ、

「今朝は、清が本当に御迷惑を、おかけしました。いつも、お目にかけて下さいまして、本当にありがとうございます-」

(p186-p189) 

「いや・いや。そんなことはありません。良くやる坊やです。私達夫婦は、感心しているんですわ。

三田村さんは、昼食は、まだでしょう。今食事を頼みましょう」

といって、先程の受付の事務員に、何か指図している。

「大田さん私はお弁当をもっておりますから」

と伝えたにも拘らず、大田の主人は、食事の準備を命じてしまった。麗花は、「何から何まで、すみません」

と、突然大田の主人から呼びとめられ、朝と昼まで御馳走になるなんて、失礼だと思った。

「困っている時は、お互い様です。私は、十五年前は、貧乏のどん底でした。

今は、ネジ、ナット類の特殊なものを、東京の会社へ納入しているんです。職工も、三十人近くなりましたが、本当に大変でした」

と、今迄の出来事を、麗花に語るのであった。

そこへ、先程の、工場から出て来た男が、応接問に入って来た。

「ああ。先程は失礼しました」と麗花が、立ち上がって、挨拶すると、「社長。この方を御存知でしたか-」

と、いきなり麗花の顔、を見ながら、言った。

麗花は、大田さんが、この会社の社長だということを、しるのであった。

「うん。よく知っているんだ。この方は、三田村さんといって、坊やが親孝行でなあ。井出工場長、会社の真鍮・銅の切り屑は、

どうなっている」

「全部カマスに入っています」ひかりものだ--と麗花は、思った。

「何トンくらいあるんだ。それから川島商店に電話をして、一応、今度の切り屠は、東京の材料問屋に渡すからとい

って、断ってくれ」と、大田社長は、にこにこ笑いながら、麗花に会釈して、井出工場長に告げた。

「はい、わかりました」

「三田村さん、貴女の店に出しましょう。お金のことは、世間相場で、結構です」

「えっ、私に売って下さるんですか?」

麗花は、驚いてしまった。「はい、その通りです」

社長は、いとも平然として、こたえるの、であった。麗花は、問屋の単価表を、社長に見せると、

「それは、仲買人の相場ですから、高いのです。これより一、二割くらいは、安いでしょう。

まあ、三田村さん。カマスに入った切り屑を、貴女のお勤めしている間屋へ電話して、取りに来るよう、速絡して下さい」

麗花は、食事ものどに通らず、ただただ嬉しくて、声にならなかった。

気を取りなおして、

「社長さん、本当にありがとうございます。ちょっと、電話をお借りします」

と、立ち上がると、社長は、

「三田村さん、品物は逃げませんよ。食事が冷めたくなりますから、召し上がってからにしなさったらよいでしょう」

「ああ、そうですね」

といって、ソファーに腰を下ろした麗花は、何か心臓がどきどきして、落ちつかなかった。

冷たくなったお茶を、事務員が、入れ替えてくれる。単価表を見せた途端、それは仲買人の相場ですよといわれたことが、

何か社長に失礼なものを見せてしまったように思い、「駆け出しのために、失礼なものまでお見せして、すみません」

と、麗花は、顔を赤くして謝った。

「三田村さん、それでいいですよ。何も謝ることはありません。長い間、商売しているんですから……」

と、かえって慰めてくれるのであった。

麗花は、食事を頂きたがら、早く店の主人に連絡しようと思っていた。そして社長は、

「三田村さん。坊やを、しっかり育ててやって下さい。私達の手助けは、このくらいのことしか、出来ません」

麗花の手は、霜焼けで腫れ、一生懸命に、ストーブに手をかざしながら、マッサージをしていた。

「何から何まで、御面倒をおかげして、誠にすみません。いつ御恩に報いられるか:…」

「いやいや、そんな心配は、いりません。貴女は遠い国から来て、一人ぽっちの日本で生きることは、大変です。

力を落とさないで、体に気をつけて、頑張って下さい。日本は、寒いでしょうね。私も、台湾に行ってみたいと思

っています。清君は、マンゴーとかいう果物が、おいしいっていってましたよ。それから、三田村英一君は、私の

中学時代の、同級生なんですよ。あの男は、良い奴ですなあ」

社長は、麗花の身分も、しっているのであった。既に清から一部始終を聞いていたのであろうと、麗花は観念してしまった。

(p190-p193)

それをしっていて、面倒を見てくれる、優しい日本人もいるのだと思った時、麗花は、勇気が出て来るのであった。

しかも英一兄さんと、同級生--。

ではあの三拾円は、もしかすると英一兄さんではたいだろうか--と、思った。しかし麗花は、黙っていた方が良いと思って、そのままにした。

下をうつ向きたがら、「はい、台湾は暖かく、果物も沢山あります。私のような者にも、心暖まる御慈悲をいただき本当に感謝しています」

「三田村さん。貴女は立派な日本人では、ありませんか。そんなに自分を、卑下することは、ないでしよう。人間は、皆平等です。そんな

ことで、苦しむことは、愚かなことです。そんな苦しみは、捨てなさい--」「はい。ありがとうございます」

麗花は、何か肩の力が抜けるような、本当に安らぎの気持になった。

他人に対しては、真実を語れない、と思っていたのに、こんなに優しい目本人もいるのだと、麗花は、嬉しさに涙を流すのであった。

「さあさあ、三田村さん。商売、商売。連絡を取りなさいー」

と社長は促すように、麗花にいった。連絡すると、店の主人は、「三田村さん。でかしたなあー」

と、喜んでくれた。麗花は、お礼をいって、帰った。

しかし麗花は、店の人々に、社長が、人種の違うことを、口をすべらせたら、どうしようと、又心配になった。それが善意であっても、他人は、

どのようにとるか、わからないからだ。引き返して、このことをお願いしようと思ったが、それでは失礼ではないかと思ったり、自分の

取り越し苦労かな、と思ったりして、先程の心の安らぎが、消えてしまった。

嬉しいのか、淋しいのか、自分でもはっきりしないで、一生懸命にペダルを踏んで、いつの間にか、店の入口に着いた。

しかし一生懸命に、善意の努力をして生活していれぱ、いつの日か、誰かが、わかってくれる

だろうーとも思った。そう思った時、胸の中のつかえが、取れてしまった。

そして店の中に入って行くと、

「三田村さん、よかったね。割増金が、大きく入りますよ、良い正月が迎えられますよ。清君も喜びますよ-。本当に、でかしましたなあ、

約三・ニトンありましたわ。よくやった、よくやった」

と営川の主人は、我がことのように、喜んでくれた。屑は、もうトラックの車体ごと、秤の上に載っていた。

暮の三十一日には、百八拾五円の封筒を、亡夫の霊前に飾り、清と麗花は、楽しい正月を迎えることが出来た。

「お母ちゃん。よかったね。僕も自信がついて来たよ。朝早くから、運動になるもんなあ-」

「清ちゃん。苦労をかけてすまないわね。お母さんも、一生懸命にやって、清ちゃんが、納豆売りをしないで、学校へ行けるようにするから、

もう少しの辛抱だからね」

母と子の愛情によって結ぱれている絆は、どんな苦難にも、打ち勝つ、光明にも似た力を持っていた。

その頃・目本は厳しいデフレの経済環境で、銀行が潰れたり、企業の倒産が相次ぎ、軍国主義への道を歩んでいた。

決して住みよい日本ではなかった。満州や中国にも、目本軍は、戦乱への機を、うかがっているのであった。

そして清は、仕事と勉強への意欲も強く、二学期の成績も、クラスのトップを続け、清の書いた綴り方は、「私のお母さん」という題名で、

全校の評判になった。母と子の愛情物語であった。

二月二六日、東京では、大騒ぎがあることを、ラジオが放送していた。麻布三連隊の兵士が、クーデターを決行している、ということであった。

雪の積もった東京を、血に染めた事件は、人々の心に、不安と動揺を与えた。青年将校達が、首相官邸や、蔵相を含めて多くの大臣達の

家を包囲しての、それは政府転覆の騒乱であった。

麗花も、今後の問題について、大分心配したが、どうすることも出来ないということで、気にしても仕方がないと、思うのだった。

三月の清の試験は心配がないこともわかり、麗花は、しぽらく納豆売りを、やめるようにいったが、清は、良い運動になるといって、試験の当日休んだだ

けであった。

麗花は、清の入試がパスするように、台湾にいた頃、よく孔子廟に、お詣りしたことを思い出して、心は台湾の孔子廟に行き、一生懸命に祈るのであった。

(p194-p197) 地獄で仏-美しい心の姿

そして・合格したら、学生服も、帽子も買ってやろうと、清の中学生になった姿を、想像しながら、仕事に出るのであった。

成績発表は、店を休んで、清と自転車で行くことを、楽しみに思っていた。

そして、その帰りに、洋服を合わせて、買うことも決めていた。

麗花も、台湾の幼い頃を思い出し、台中高等女学校に合格した時の喜びを、清に結びつけて、考えるのだった。

一人で、にっこり笑っている。

清は、試験の当日も、落ちついていたらしく「余りむずかしくなかったよ--」

といった言葉が、自信に満ちているようで、麗花は、安心していたが、それでも心配であった。

この眼で、この体で確認するまでは-

仕事も順調になり、すっかり足も自転車に慣れて来た。ただ凍っている道だけは、非常に危険であった。

清もよく母に注意していたために、危険な場所は、自転車を、引いて渡った。道路の凹地の小さな水溜りには、薄氷が張り、

自転車が、通ると、バリバリと音をたてて割れた。

台湾では、想像もつかない自然現象であった。この時ばかりは、麗花も、子供心に戻るのであった。

いつも清が、ギヤのメタルに、油を注入したり空気圧も見てくれるので、安心して乗り廻すことが出来た。

発表の朝がやって来た。清は合格したのである。

名前を探す受験生や、その父兄達が、一喜一憂している。あきらめて帰る者、いつまでも念入りに名前を探している者、合格している自分の名前に、

いつまでも見とれている者。

顔を見ていると、合格、不合格の様子がわかる程、張りつめている人間の表情の変化は、心の状態を現わしているということが、麗花にとっても、

はっきりと、わかるのであった。清は、「お母さん。今からが大変だね、僕も頑張るよ…・・・」

と、麗花の顔を見上げて、にっこり笑った。

「清ちゃん、よかったね。おめでとう。お父さんも、喜んでいるでしょう」

「ありがとうー」と清は、顔を曇らしてしまった。

清も、亡き父が生きていたならぼ、自分のことのように、喜んでくれただろうし、先輩として、生きた注意や、体験なども、聞くことが出来たのにと思

っていた。麗花も、清のことが分っていただけに、それ以上、言葉を続けなかった。

「さあ、中学校の帽子や記章と、洋服を揃えて、帰りましょう」

と、二人は自転車に乗って、学校で指定している店に立ち寄り、体に合うものを、注文するのであった。

麗花は、赤飯を炊いてお祝いし、大田さんの自宅にも、お礼に行った。

同じ小学校からは、六人合格していた。

清はこの合格老の中に、清を心よく思っていない仲間のいることが、気がかりだと、心配していた。

いつも差別される立場にある宿命を、背負っているだけに、敏感であった。

新学期が始まり、清は納豆売りを続けながら、通学した。

展開されているドラマは、清の過ぎ去った思い出の記録である。

純粋な少年時代、厳しい社会の中の孤児、清は、よく生き抜いて来たものだと、第三者の立場で見て、涙の連続であった。

今、足りないのは、愛であり、偉大たる慈悲であることを、清は、知るのである。

母の言っていた「報恩」の心が失われているのだと、清は自分を、自分で叱りつげていた。

しかし母も清も貧乏生活の中でも、心は暖かく綾かく、貧しさなかった。

ドームの中の清は、この姿こそ、本当の人間の、善なる光明に満たされた姿だ、と思った。

ドラマの中の光明は生活の、厳しい中でも、満たされている。

清はこのような光明を、取り戻さなくては、ならないことを、悟るのであった。

問屋の宮川のおじさん、大田のおばさん、おじさん、本当にありがとうと、清は、涙を流して感謝するのだった。

やはり愛は、その心は、お金では買えないものだ。守護霊のいわれた通りであった。

頼りになるものは、お金ではない。

お金は、生活に足ることをしれば、それで良いのだ。

ド-ムの中で、少年時代を通して、真実の人間の偉大な心のあり方を悟って行くのであった。

その時だ。ドームの天上の方から

「その通りだ。振り向いて見ると、自分の歩んで来た道の中に、いっぱい真実があったろう母と子の愛も、他の人々からの受けた慈愛も、美しいも

のだろう。愛は、実行するものだ--。

(p198-p199)

お前は、その実行がなかったのだ--。問違った思念と行為を、認めることだ。

執鋤の苦しみは、その中から消えて行くのだ。もつと、心を裸にすることだ-」

守護霊は幕の心の中を次々隻と指摘し、問違った、今迄の心を、清は修正して行くのであつた。

悲しき流転-人生の試練が続く

そして、ドームの外では・更に押し寄せて来る厳しい人生航路の荒客、麗花と清のの上に、押しかぶさって来るのであった。

三田村の姑ふくは、嫁ののひでと組んで、何とか麗花親子を、台湾に追い帰そうと、あらゆる策謀を考えていた。

そして、ふくの妹の主人、営沢の貸家に入っている麗花親子を、追い出すための、相談をするのだった。

宮沢は、高利貸で、地元の顔役でもあった。

三田村麗花が屠屋をしていることを、三田村家の家名に傷をつげたといって、離籍することを、要求して来るのであった。

麗花は、亡夫の命令なら、離籍もしましょう、ということで、ふくも、ひでも、宮沢も、自分達の理由がなくなり、亡夫が、家の賃貸借の契約を、

結んだのだから、麗花親子には、貸すことが出来ないと、明渡しを請求し、金がないことをしりながら、住みたけれぱ、買いとれと、強制するのだった。

家を買うとしたら、千五百円の大金が、必要であった。到底麗花には、そんな持ち合わせはなかった。金策をして買うか、それとも新しい貸家を借りる

か、いずれかの道を、選ぱなけれぼならない。

宮沢は、返事を二日後という、きついことをいっている。

金策を宮川の主人に頼んでみたが、余りにも大金で、借りることは、不可能であった。

麗花は、宮川の店を出て、思案にくれながら、歩いているうおに、利根川の岸辺に来ていた。

両岸は、アカシアの白い花の匂いが、甘ずっばいような香りを放って、緑の葉と花の房が、美・・・・  

つづきはこちら出版版元からご購入をお願いします。(オンラインでも購入できます)