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高橋 信次氏 創作 「愛は憎しみを越えて」 (昭和48年発行)

 
(初版)     改訂版

本書は、当方の尊敬・研究する故人 高橋信次氏が、わずか4日間で創作したといわれる創作小説です。
以下の本書転載は「当店の店長の後悔日誌」に2002年以降、出版元である三宝出版編集部様の許可を
頂き、通常一般の方に目に届きにくい基本的に宗教書でもある本書を、あくまで本書販売促進、宣伝のための
引用として掲載させて頂いておりました。

それをここに再編集・連結し掲載をするものです。
もし、本書に共感をいただいた方は、ぜひご購読をお願いいたします。一般に、大きな書店には置かれています。
また、快くご承諾をいただきました三法出版編集部様に心から感謝申し上げます。

(当方は、高橋信次氏の著書を推奨しているだけで、団体への関与、営利的関係は一切ありません。)

出版元はこちら(オンラインでも購入できます)

p.7-49 p.50-99 p.100-149 p.150-199 (恐れ入ります。購入促進を考慮し、p.200以降は掲載を取りやめました)

P.100-149

(p100-p104)悲しき差別

う」小高い山の頂上から、次郎は手を広げて、清に説明した。

「うん、お父ちゃん。これお父ちゃんの山なの」

「そうだ。死んだおじいちゃんが、持っていたんだ」

「お父ちゃん、ここにおうちを造ろうよ。お母ちゃんも、僕も、皆からいじめられないで、いいよ。

ここにおうちを造ろうよ。僕、お友達なんかいらないよ。お父ちゃんとお母ちゃんがいれぱ、もういいよ。お父ちゃん。そうしようよ」

父の家の山だということを知った清は、父に家のことを、せがむのだった。

「清、そんなに日本がいやか」

「うん。お母ちゃんが可哀そうだ。僕は小さいから我慢出来るよ。お母ちゃんは、おばあちゃんにいじめられ、よそのおばあちゃんか

ら支邦人と呼ばれ、僕可哀そうだ。お父ちゃん。ここに引越してこようよ」

次郎は、こんな小さな我が子が、他人から差別されていることを知り、麗花とも、今後のことを考えようと思った。

それは真剣になって、父に訴える、まだ幼い清の言葉は、次郎の心の中を厳しく刺すのであった。

「清、お父さんは一生懸命働いて、早く家を建てるように考えるよ。お父さんも、お母さんもいるんだから、どんなことをいわれても、

我慢するんだよ」

涙を溜めて父に訴えている清の姿を見た時、次郎も冷い我が子の手を、しっかりと握り、自分の仕事の状態から、妻や子供の希

望にそえない苦しみが、自分ながらいやになっていた。

麗花を連れて、思い切って東京へ行き、麗花と清の身分のわからない所で住もうと、考えるのだった。

麗花のためにも、清のためにも……。

そして休日を利用して、東京の神田にいる友人を尋ねて見た。しかし事務員としての就職の夢はなかった。

せめて生活の出来る場があれぼ、どんな苦労でも、耐えて行こう。

妻や子供達の羽の伸ぱせる世界が、欲しかったからだ。

しかし暮の三十日では、どうにもならない。来年は、清も小学校へ行かなくてはならないし、一カ月位のうちに、なんとか探してくれ

ないか、と友人に依頓して帰って来た。

清と麗花は、既に門松もつくり、玄関に、しっかりと丸太を埋めて、松を安定させてあった。しめなわもはって、すっかり正月を迎える

準備が終わっていた。

台湾にいる時から、次郎がつくったことを、よく覚えていたので、麗花は次郎の帰宅までにっくり、心配させまいと、急いでつくったの

だ。「東京はどうだったのー」

麗花は、突然東京へ行って来るといったまま出かけてしまった夫の次郎の行動に、何かあわた慌ただしい、落ちつきのない状態を

感じていたからだ。

会社で何かあったのかしらと、麗花は思っていたが、夫の考えていることまで、せんさくすることを、麗花はしなかった。なぜならぱ、

夫を信じていたからだ。しかし心配だった。

清と山へ松を取りに行って帰ってから、思いつめたような顔のまま、「明日は東京へ行って来るよー」といっただけで、朝一番の汽車

で行ってしまったからだ。

「うん-。僕は、麗花や清が、講にも差別されない東京へ行きたいと思って、勤め先を、友人に頼みに行ったんだ。東京へ行けぱ、誰

にもわからないし、差別されることもないし、馬鹿にされることもたいからなあ。麗花、そうだろう」

と、次郎は胸の内を語るのだった。

「突然貴方は何を考えているのですか。どこでも同じでしょう。私は何といわれても大丈夫です。清とお父さんがいれば・…・」

と、麗花は夫の心配していたことが、わかっただけに、強がりをいうのだった。

「麗花、本当に苦労をかけてすまないなあ。僕も、お前達がふびんでならないんだ。僕も苦しいんだよ。身内の母まで……」

夫も、私達と共に苦しんでいるんだ-。可愛そうに、と麗花は思った。

「お父さん。そんな弱気で今後どうします。私達は、何も悪いことは、していないでしょう。

お父さんは、前に、何といわれても頑張るんだよーと、私にいったでしょう。お忘れですか。私は何といわれても、もう決心しています」

麗花は、弱気にたってしまった主人の次郎を、勇気づけながら、わざわざ威張って見せるのだった。

しかし次郎にしてみれば、六歳になる清からいわれたことが、心の中にしみこんで、自分はどうなっても、せめて麗花と清の幸福な道を

、考えなくてはと、思っているのだった。

次郎は、今後のことを、いろいろと考えてみたが、良い方法が浮かぼなかった。

麗花は、正月用のおせち料理をつくる段取りをしていたので、台所で、なんとか本を読みながら、そちらに没頭していた。

清は絵本を見ながら、知らない字を、麗花にせがんで教えてもらいながら、こたつにあたっている。

(p104-p107)

あわただしい年の瀬も過ぎ、一九三〇年の正月を迎えた。麗花は、夫からプレゼントされた着物に着替えて、外に出た。

お父ちゃん、お父ちゃんと、清が父を起こしている。

そして麗花は、まっ先に東の空に、今昇ろうとする太陽に手を合わせて、

「神よ。私達に偉大な光や熱をお与え下さいまして、ありがとうございます。

今年は、どんなことがあっても、人間らしく、そして人々の幸福のために、頑張ります。

世界の人類が、争いのない、平和な一年が送れますよう-。我が家にも、光明が満たされますよう、私達も頑張ります」

麗花は、今年こそ、心新たにして、という意気ごみが、祈りの姿になったのだろう。

しぱらくすると、主人の次郎も出て来て、もう初日が出て、丸い暖かそうな光を、一ように山々に、平野に、町に、さんさんと輝いている

太陽に、拍手(かしわで)を打って、祈るのであった。

「お父さん、お目出度う。今年もお元気で頑張って下さい」

「お目出度う。麗花もしっかりとね」

「お父ちゃん。清には……」

「清。おめでとうー」

「うん一お父ちゃん、お母ちゃん、おめでとう-」

一家の楽しいひとときが過さる。

麗花のっくったお雑煮を食べて、清はたこあげを、父にせがんでいた清にせがまれるまま、次郎は外に出て、たこの糸をつけ、白い和紙

で尾をつけた。清は、糸をはって、風に向って走って行った。

利根川べりの風は、風洞のように強く、たこはだんだんと上がって行った。

しかし今年は、清の小学校入学だ。清の幸せのために、どうすればよいだろうか-。次郎はいろいろと考えてみるのだった。

そして一月の末の出来事である。次郎は、兄の英一を会社に呼び、「兄さん-。会社のお金を、三百円借してくれないか。ちょっと必要

なんだ」何か思いつめている次郎のことを、英一は心配していた。そして、「次郎、何にそんな三百円もの大金が必要なんだ」

「いろいろと考えていることを、やってみたいんだ」

兄にもいえない事とは、一体なんだろうか。英一は、弟が会社をやめるつもりなのでないかと思った。

「会社を辞めるのか」と、聞いて見た。しかし次郎は今の気持を、

「いや、やめないよ。昨年友達を尋ねて上京したが、どうもいい就職先がなかったから、ここで働かなくてはならないと、決心したんだ。

それでいろいろうちのことで必要なことがあるから、三百円ばかりでいいから、惜りたいんだ」

「まあ、いいだろう。持って行けよ」ということで、次郎は、兄の会社から金を借りて帰るのだった。

一月中は、殆ど夜は遅く、次郎はいつも気嫌の悪い毎日が続き、麗花も、夫の余りの変わりように、どうすればよいか、わからなくなって

いた。そして突然、「麗花-。、お前と結婚したのは問違っていた。僕は今年の一月から、ずっと考えていたんだ。東京の友人に頼んだ就職

も駄目だし、僕は、いくじなしなんだ。お前や清のことで、仕事も手につかないんだ。

しぱらくどこかで今後のことを、考えて来たい。明日からしばらくいないからなあ」

次郎は、やり切れない心のうちを麗花に言うのだった。

「貴方、どうしたのですか。体の具合でも悪いのですか」といって、麗花は、次郎の額に手を当てたところ、

「放っておいてくれ。もうこんな生活が、いやになったんだ」といったまま、次郎は床に入ってしまった。

麗花には、あんなに優しい夫が、どうしてこんなに変わってしまったんだろうかと、想像もつかない事だった。

次郎は、その翌日から、家に帰って来なかった。月給袋の八拾円だけが、鏡台の上に、置いてあった。

麗花や清の心配をよそに、次郎は、どこに行ったのだろうか。麗花は、夜もろくろく眠れなかった。

麗花は、三日目の朝、遂に待ち切れないで、社長の英一も、会社にいた。

「兄さん主人は?」

やつれた麗花の顔を見て兄の英一は、次郎の会社へ行ってみた。

一ええ、体の調子が悪いので、ちょっと休むからと、三十一日に電話があったよ。うちで、やすんでいたのじゃなかったの」

と、何かあったのかと、心配そうに英一はいった。

(p108-p111)悲しき差別

「はい。最近正月中、なんだか沈みがちで、今迄の主人とは人が変ってしまったんです。兄さん。心当りは、ありませんかしら」

と、心配そうに、麗花は兄の英一に聞いた。そこで過日の事を思い出し、「三十日の日に、会社から三百円借りて行ったが、何に使うのか、

言わなかったが」と、なにか隠されている弟の秘密を、言ってしまった。

兄の英一も、次郎が何を考えているのか、わからなかった。

「麗花さん。もうちょっと待ってみましょう。何かあったら、私の方からも、連絡します」

麗花は、「私の遠い親戚が、新宿の駅の近くで、来々軒という中国料理を、やっていますが、まさか主人が、そちらへ行ってはいないでしょう

か。前に二、三回一緒に行ったことがありますけれどー」と、何気なくいった。

英一は、「電話は、あるの」と、麗花に聞いた。

「電話は、淀橋の三七番です。」

と、兄の英一にいうと、

「ひょっとしたら……」

といって、英一は、市外電話を申込んで、来々軒に連絡をしてみた。

「昨目、来たが、」ばらくいろいろな話をして、帰りました」

と、李修身がこたえた。

「やはり麗花さん、新宿へ行ったようですI」

「一体、それからどこに行ったのでしょうか。何日か、考えて来るといって、大分気嫌が悪かったようですし」

と、ひとりごとを、麗花はいった。しかし麗花は心配だった」

麗花も、英一も、次郎の今迄のことから考えて、あのまじめな人問が、どうしてあんな気持になるのか、わからなかった。

清は、家で留守番をしていた。その日の夕方、次郎は酒に酔って、帰って来た。

「お父ちゃん、どうしたの、お母ちゃん、心配して、会社へ行ったよ」

と、父の顔を見ながら、清は心配そうにいうのだった。
「清-、お父さんは、お前達が可哀そうで、何とか東京で住もうと思い、学校も、四月から

だしなあ。お前達に、肩身の狭い思いを、させたくないんだ1。お父さんは…」と、泣き出してしまった。

父の泣いている姿を見た清は、「お父ちゃん。泣くなよ。清、どんなことがあっても、我慢するよ」

まだ七歳になったぱかりの清が、父の肩に手をやり、慰めるのだった。

そして麗花は、夕方七時頃、暗くなってから、帰って来た。次郎の就職先は、なかった。

「貴方どこへ行っていたの、会杜を休んで。兄さんも心配していましたよ。私達は、どうしたらよいの。

本当に心配して、夜も眠れなかったわ。でも帰って来て下さったんで、安心しました」

麗花は、心配で疲れきった体をささえながら、玄関にへたへたと腰を下ろしてしまった。

次郎は酒に酔っていた。「麗花、僕と別れてくれ。台湾に帰ってくれ」

しらふではいえない言葉を、酒の力を借りて言う次郎であった。

「貴方、何をいっているんですか。男のくせに…-。今更、何をいうの」麗花は、驚いてしまった。

次郎の言葉を、信じられなかったからだ。そして次郎は、三百円の金を、内ポケットから出して、「これは台湾に帰る旅費にしろ」

と、放り出すのだった。そして言葉も強く、次郎は、

「台湾の実家に帰ってくれ。それが一番幸福になる道だ。僕は、僕は、ひとりで生きて行く。この通りだ」

と、麗花に頼むのであった。何とか今の環境からのがれたい。清のためにも、麗花のためにも、台湾に帰ることが、肩身の狭い思いをしない

、一番良い方法だ。今迄東京に出ようとして、いろいろ職を探したが、これ以外に道がない。

清が学校へ行げぼ、同じ差別の苦しみが、清の将来に、良い結果が出ない。

次郎は、遂に決断を下すのだった。飲めたい酒を飲んでいなけれぱ、愛する妻、麗花と、そして我が子を、突き放すことが出来なかった。

麗花は、

(p112-p115)父の苦悩

「貴方が・そこまでおっしゃるからには、何か複雑な理由が、あるのでしよう。私は、貴方の幸福のためになるのなら、私と清は引き下がり

ます。それには一両日中、時問を下さい。心の整理がありますから」

麗花は、最早驚きと、余りのショックで、涙も枯れ果ててしまった。

「そうするがいい。お互いに幸福になる道だ」と、次郎は冷くいい放つのだった。

頼るぺき人を失い、突き放された麗花は、誰も信じられなくなってしまった。麗花は、清を寝かせて、床についた。

次郎も麗花も、寝返りぱかり打って、ついに朝まで眠れなかった麗花は、夫の考えていることが、わからなくなり、無心に眠っている、

愛する清の寝顔をのぞきながら、この子と共に、と決心をし、湧き出る悲しみの涙にくれるのだった。そして無責任な夫を、玄関に送った。

次郎は、子供の姿も見ないで、朝早く会杜に、出かけてしまった。麗花は、一切を捨て、死におもむくために、遺書を書くのだった。

「次郎様、七年問の幸福は、私の一生の思い出です。あなたとの台湾での生活、目本での生活、悲しいこともありましたが、私の人生で

、一番楽」かつた一時でした。今迄、私のような者を、こんなに可愛がって下さって、本当にありがとうございました。私は清と一緒に、長

い旅に出ます。そして清は、私のそばから離しません。先立つ不幸を許して下さい。そしていつの日か私達のもとに、あなたがこられるの

をお待ちしております。台湾には帰りません。私はいつまでも貴方の妻です。このお金はお返しいたします。いつまでもお元気で私達の

分も長生きして下さい。二十七歳で一生を閉じます。それから英一兄さんの、私達親子に、変らない慈愛を、おかけ下さいましたことを、

心から感謝します。永遠にこの御好意を、忘れないでしょう。 

            さようならさようなら

                       二月四日正午記す三田村麗花

                                           最愛の次郎様へ

麗花は、死を覚悟して、清と共に、家を出る決心をするのだった。

一方、次郎は、会社で仕事をしている所へ、十時頃、社長の英一が出社して、「次郎お前は一体、どこへ行っていたんだ。麗花さんが、

昨日心配して、尋ねて来たんだ。家に帰ったのか?」

兄の英一は、心配して弟に聞くのだった。

「はい昨日帰りました。僕は妻と別れて来ました。台湾に帰るように、三百円の旅費を置いて、そして今朝早く出社したのです」

英一は、「この馬鹿野郎ーーー!。お前のような勝手な男がいるか。麗花さんは、お前が帰らなげれば、もう生きて行く望みがないといって

、僕に語していたんだ。可哀そうに。お前のような薄情な男は、見たことがないわ。とんでもない野郎だ。

それにしても、大変なことになってしまうぞ。さあ!一緒にうちに行こう」

兄の英一は、驚いてしまった。そして次郎を、せかすのだった。

まさか、次郎は、そこまで考えていなかった。しかし次郎は麗花の心の中を考えれぱ、ありうることだと思い、急に不安になって来た。

そして次郎も、あわて出した。「兄さん一緒に行ってくれないか!」

英一は、会社のサイド・カーを引っぱり出して、次郎を乗せ、家に行った。麗花も清もいない。次郎は、鏡台の上にあった手紙を見て、

驚いてしまった。「兄さんのいった通り、死の旅に出てしまった。これは大変だ。麗花!清!」

。二階にも上って見た。三百円のお金と共に、遺書が置かれてあった。兄、英一のいった通りだ。

「十二時に書いている。まだ二時間しかたっていない。近くにいるかも知れない・何とかしなくては!」

英一は、車に次郎を乗せ、心当たりの場所へ行ってみた。

そして会社の従業員に、本庄の駅一、そして近所の人々、麗花と子供の姿を見かけたかどうかを、聞かせて歩いた。

その頃、麗花は清に、最後の食事を、ご馳走していた。既に決心していた麗花の心は、かえって落ち着いていた。

そして清がいうままに、昨年の芝、門松の木を取りに行った山道を通り、前方に見える、見晴らしのよさそうな岩場を、死に場所にしよう

として・清の手をひっぱりながら、急頓斜の山を、よじ登っていた。

「お母ちゃんどうしたの?危いよ」

と、清は母に手を引かれ、斜面に根強く生えている笹の葉につかまりながら・登って行く麗花は、清を道連れにすることを、可哀想に思っ

ていたが・これ以上清を苦しめたくない。

もう誰にも、災いされない、静か徒界で、暮らそう、それには、清を連れて行かなくては、可哀想だ--。

あの岩場の高い所から落ちれば、きれいな谷川の水で洗われて、今迄の苦しみも・皆忘れてし

p116-p119

まうだろう。

誰も恨んではいげない。自分の蒔いた種だから、自分で刈り取る以外にはないと、麗花の心の中からは、死への恐怖が、消えていた。

頼るべき人を失った、他国での哀れな生活をするより、美しい今の心のままで、この世を去りたかった。

「お母ちゃんどこへ行くの?」

「ええ。清ちゃんの良いお友達が、いっぱいいる、天使の国へ行くの。そこにはお父ちゃんはいないけれど、皆平等な平和の国なの。

貧乏人も、金持ちもいない、とっても美しい国なの。果物もいっぱいあると思うわ。いっぱい美しい花も咲いているでしょうね。清ちゃん

も、お母ちゃんと一緒に行ってくれる?」

「うん、お母ちゃん行くよ。だけど、お父ちゃんがいないと淋しいたあ。お父ちゃんは、いつ来るの?」

「お父ちゃんは、こないと思うよ。清ちゃん、それでもいいの」

「お母ちゃん、僕、お父ちゃんを、呼んで来るよ。お父ちゃんがいなければ、お母ちゃんは淋しいんだろう。僕、今から山を下りて、呼んでくるよ」

麗花は悲しかった。しかし溝に本当のことをいうべきか、迷うのであった。

「清ちゃん、お父ちゃんは、もういないのよ。お母ちゃんと清を置いて、遠くの国へ行ってしまったの。だから……清ちゃん」

麗花は、これ以上言えなかった。

そして死の直前に言おうと思うのであった。

「清ちゃん お母ちゃんの帰るおうおは、もうないのよ。台湾にも、そして目本にもー。だから……」

麗花は、息をはずませながら、登って行く。

「お母ちゃん今のおうちがあるでしょう、もう帰ろうよ。危いよ。お母ちゃん」

何もわからない清には、母の心の中は、わからなかった。

その頃、兄の英一と次郎は、通行人から、若い母と子が、県道から松林の山道を、登って行くのを見て、

こんな夕方に不思議だなあと、思っていたということを聞き、通行人にいわれた方向に、車を走らせるのであった。

やはり三田村の松林の方向だった。

恐らく清が案内しているのだろうと、次郎は思っていた。

そして、あの岩場の下は谷底だし、あそこは危険だと、近道を通って、車の入れるところまで、無理をして急な坂道を、登って行った。

そして兄の英一は、一生懸命に、クラッチをローに入れて、アクセルをふかして進んだ。その時だった。

「兄さん、あの岩場の急傾斜の、笹やぶの中を登っているのは!」と、震えたがら英一にいった。

英一は、車から下りて、次郎と共に木に登って、よく確認した。

「問違いなく麗花と清だ。兄さん、僕は岩場の上に、反対側から廻るから、兄さんは、下の方から後を追ってくれ」

というなり、木から飛び下りて、次郎は一目散に、岩場の頂上を目がけて、走り続けた。

次郎は、気違いのように、息の苦しさを忘れ、愛する麗花と清を救出するために、ようやく岩場の上にたどりっいた。

一方、兄の英一は、下の方から、麗花と清に、事故のたいように、見守りながら追っていた。

そして、次郎は、登ってくる麗花と清の名を呼び、麗花は、夫の声が上の方から聞こえてくるので、驚いてしまった。

「どうしてこんな所へ」

と、不思議に思うのだった。


p119初版本の挿絵

(p120-p124)

そして下を向いて見ると、兄の英一が「麗花さん早まってはいけないよー」

といいながら、後から登って来る。

次郎は、途中まで下りて、平地な所まで来ると、大声をあげて泣きながら

「麗花-、清-、お父さんが悪かった。お父さんが悪かった」

と、麗花と清を、抱きかかえ、

「お前達の将来のことを、考え過ぎて、台湾に帰せぱ、肩身の狭い思いをしないで、

清も学校に行けるし、こんな苦しい、悲しい生活を、しないでも済むと思い、僕は心を鬼にして、お前達と、別れようと思っていたんだ。

それをこんなことになってしまって!」と、次郎と麗花は、ただ泣くぼかりだった。

そして麗花は、「お父さんに捨てられ、私は生きる望みがたくなってしまったんです。どうせ死ぬのなら、きれいな場所で、と思い、ここ

までようやく来ました」次郎は、

「もう死んではいけないよ。お前を離さない。どんな苦」みがあっても、耐えて行く。麗花、僕を許してくれ。

清のためにも、頑張ってくれー」

溝は、英一おじさんに抱かれて、父母の泣いている姿を見ながら、

「おじちゃん。お母ちゃんとお父ちゃん、けんかをしたの?」

「いや、清、ちがうんだ。一生懸命、清のために、やって行こうといっているんだよ」

英一は、清を連れて下に下りて行った。

そして弟夫婦の、余りにも厳しい差別の悲しみを見て、"次郎。僕がついている。しっかりやるんだ"と

清を抱きながら、弟夫婦のことを、涙を流して、心の中で思うのだった。

麗花は、我れに帰り、愛する夫の心が、手に取るようにわかるのだった。

「貴方すみませんでした。心配をおかげして-」

と、次郎と麗花は、手を取り合って、涙も潤れんばかりに泣くのだった。

愛と犠牲の苦しみ-慈愛の光はいずこ

ドームの中で、清はこのドラマをみつめながら、大声を出して泣いている。

清の、過ぎ去った幼い頃の物語りが、清の心の中のビデオとなって、現われている。

今第三者として、この姿を見せつげられた時、余りにも厳しい差別の社会、無慈悲な社会、自分も父も、そして母も、余りにも哀れで

あったからだ。どうして差別を、神はつくったのだろうか。

清は、不平等な矛盾を考えたがら、どうすれぱよいか、わからなかった。

そぱで見ている母も、父も、天使達も涙を流して、このドラマを見ていた。

人間の哀れさを……。その時、ドームの上から、

「清。お前は今迄の境遇がわからぬのか。お前は、自分が望み、その中から人生の疑問を感じ、人の道を窮めようとしたのではないのか-。

馬鹿者!!なんで泣いているのか-。

人間は、生れによって、人問の価値が決まるのではないー」

人間は、皆、兄弟だ。人間が、如何に、何をなしたか、多くの人々を、如何に救い、平和な心を与えたか。

人生の目的と使命に目覚めて、救済したか。その結果が、その人問の価値を、定めるのだ。

(p124-p127)

生まれによって、人の心の貧冨が決まるのではない。わかったか-」

清は、ああそうだ、僕は今迄、自分の身分を隠していた。

そんなことは愚かなことだ。

そのために、恵子を籍に入れなかった。

そうだ。僕は自分が可愛かったのだ。

欠点を隠して、良い所を見せようと、力んでいたんだ-!。

自己保存のための欲望を、果たそうとする争い。馬鹿げたことだ。

太陽も、全人類に平等に、慈愛の熱と光を与えられている。

僕の考えは、小さかった。卑屈になってはいけない。

と、清は悟るのであった。その時、又ドームの上から、同じ人問同志が-。

「清その通りだ。太陽は万人平等に、光も、熱も与えている。

生活段階で、人間の価値は、決まらないのだ。

その通りだー」

清は守護霊の号言葉信じ、みずからの過去を、反省するのたった、

身分の卑しい人間とは、人生に足ることを忘れ、欲望のためには、手段を選ぱない人々のことを、いうのだ。

他人の困ることを、堂々とやる人間だ。

利益が上がると思えば、生活の衣食住でも、買い占めするような人間達を、いうのだ。

このような人々は、生きているうちか、あるいは死の世界で、善なる自分の心で、恰も清が人生の過去を、現象化されて、みずからを裁くように、

いずれその決済を、しなくてはならない、ということを知るべきだろう。

いや、それ以上の厳しい地獄界に堕ちて、今迄為いてきた逆の立場で、反省させられるだろう-。

清はドームの中で、考えるのだった。

国籍の違いや、家柄が、その人問の卑しさを、定めるものではないのである。

貧しさも、卑しさも、富める人も、総てみずからの想念と行為が決定するものだ。

足ることを忘れ去った人間は、お金の奴隷で、貧しい心の人々をいうのだ。慈悲深い心の、豊かな人々を、心の富める人というのだ`

清は、神に通じている、善なる心で、しっかりと、人の道を悟っていった。

そして父のとった行為も、母のとった行為も、みずからを犠牲にして、他を幸福にさせようとする、善意底心の現われであり、美しい人問愛の姿

なのであった。

ドラマは、一段と光明に満たされていた。

愛するが故に、差別の中から解放しようとする、偉大なる犠牲。清も両親の偉大たる慈愛の光を忘れていたのだった。

そして清は、心の中の平穏を得るのであった。

ドラマは、再び暖い春と共に、清の家にも、前にもまして夫婦愛と、父性愛.母性愛の中で、清は小学校へ入学するのだった。

かすりの着物、掛けカバン、そして丸い小学生帽、手には草履袋を持って、学校へ行く。

麗花は、いつも途中まで、送って行くのだった。

一年は遇ぎ、二年も過ぎ、三年生の時だった。'

三年一組の教室でのひとこまー、

クラスに男の子や、耳女の子が集まってー-。

「三田村清は、支那人だぞ。あれは人種がちがうんだ。台湾の土人だ。間いの子は、頭がいい一だと、うちの母ちゃんが、いっていた。

清の頭がいいのは、問の子だからだ。土人の子だから

身分が低いんだ。俺達は目本人だ。清とは遊ばないようにしようよ。みんな-」餓鬼犬将の菊地進が話している。

「それ、本当。清ちゃんは身分が低いの」

いつも清と席が並んでいる、江川すみえが、進の言葉に疑問を持ちながら、隣りに立っていた、

小林洋子の顔を、のぞくように語っている。

進は、材木商の両親に育てられ、裕福な生活をしていた。何事も、人に負けることが、いやな子供であった。

なんとか成績の良い清を、くさらせて、勉強の上でも、追い越したいと、思っていた。

それと、他のクラス・メートに、清が人気のあることが、おもしろくないと、思っていた。

そのため清の人気を、失墜させようと思っていただけに、清のやること、為すことに、けちをけて憎んでいた。しかし多くの子供達は、

憎んでなかった。

「清ちゃんて、可愛じゃない。頭もいいし、日本人にきまっているわ。私は信じないわ!」

小林洋子は、大声でいった。

(p128-p131)

他の子供達も、おとなしい清に、肩を持つのだった。

その時、進は、「あんた土人の肩を持つのか。けがらわしい。みんな、友達になるのをやめよう。やめようよ」

と、わめいていた。

今迄も、家庭の中で、いろいろと両親から聞かされていたが、すっかり忘れていたこの問題が、今頃クラスの中でいわれたことを、

渚は悲しく思った。溝は、歯を食いLぱって、その悲しさを、我慢していた。

小さい時から差別され、又学校で、僕ぱかり、なぜ仲間から、はずされるのだろうかし小さな清の心の中は、はりさけそうだった。

物心の、しっかりしていた清も、

「お母ちゃんが悪いんだ」と、思うようにたっていった。

そして、

「お母ちゃんが目本人であったなら、こんたことを言われなくてもすんだものを-」と。

清の算数のノートの上に、涙がぽとリ、ぽとりと、しみこんでいった。

清は家に帰り、ひとり黙って、机の前に坐っていた。

母は、おやつを持って、二階に上って来る。

「清ちゃん 今日はどうだった・・・…・。楽しかった……?」

「楽しくなんか、ないよ…。学校へ行きたくない。お母ちゃんのぱかー」

と、大声をあげて、泣き出してしまった。

母は心配して、その原因はわかっていたが、清がこんな乱暴な言葉で、口惜しがることは、始めてであった。

「清ちゃん-。どうしたの」

「お母ちゃんが、日本人だったらいいんだ」

麗花は、やっぱり、と思うのだった。

「清ちゃん、私は日本人よ、私はお父さんの妻よ。私は日本人よ」

「ちがう。ちがう。お母ちゃんは、台湾の土人だ」

母は悲しかった。

日本人になりきろうと思って努めて来たのに、我が子までが、「台湾の土人」呼ぱわりするとは、悲しくなってしまった。

「清ちゃん。お母さんが、本当に台湾の土人だったら、どうするの。清ちゃんを日本に置いて、台湾に帰ってしまおうかしら…」

悲しい心を抑え、清のために我慢しながら、母は息子の心の中を、確かめるのだった。

「お母ちゃん。僕、台湾に帰りたいよ。一緒に帰りたいよお」

母のひざにもたれながら、泣きじゃくっている清の姿を見た時、麗花の心の中は、何か子供の幸福を、妨害しているような、罪悪感を、

覚えるのだった。

妻として、子の母として、自分自身の心と身の置き所に、苦しむのであった。子供の心に、納得の行くような、説明が、出来たかったからだ。

その晩のこと、「今日、清が学校へ行きたくたい、といって、泣いていたんです。いつものようにいわれて、かわいそうなの。どうしたらいいか

しら--」

「うむ!」

と、夫は考えこんでしまった。

人種差別の厳しさを、子供心では、我慢出来ないのであろう。

夫も、我が子たるが故に、「そんな者の、いうことを聞くんじゃない。清!!お前は立派な日本男子だぞ。男のくせに、泣いてはいかん」

と、強い語調でいったものの、苦しそうな顔をして、妻の麗花を見て、うなずくのであった。

おとなの世界と、無邪気な子供の世界とは違うものだ。我慢するということにも、隈界があるのだろう。

一年生、二年生と、喜んで学校へ行った清も、三年生になると、体も大きくなって、クラスでは、中程になっていた。

勉強も常にクラスで、トップの位置を、他に譲らなかった。

口数も少なく、行儀のよい子供で、先生の信頼もあり、他の生徒達の模範生でもあった。

人のいやがる掃除も、自分から進んでやっていた。

しかし学校の帰り道などで、上級生達までが、

「おい。お前は台湾の土人だそうだな。人種がちがうから、道の真中なんぞ、通るな!!日本人の後から道端を、歩くんだ」

逃げる清の衿首を持って、わざわざ道の端に、どかすことも、度々あった。

ある時は、スクラムを組んで、とうせんぼをされ、田圃の中を横切って、逃げ帰ったこともあった。

その頃から、隣近所の人々も、台湾の土人の家とは、つき合えないと、村八分の状態になっていった。

(p132-p135)

しかし三田村と麗花は、どんな迫害にも耐え抜こうと、誓うのであった。

清は暖かい両親の嚢の愛情に、包まれていても、人種差別という問題について、よく理解出来なかった。

ある時、「お母ちゃん。僕の顔は友達と変っていないよね。水泳の時、友達の体をよくみたけれど僕と全然同じだった。どうして台湾土人って、

人種がちがうと馬鹿にするのか僕わかんない

-お母ちゃん、わかる…」

麗花は、しばらく考えてから、

「お隣の家庭は、お父さん、お母さんと、英子さん、京一さんの四人で住んでいるわね。清ちゃんが、お隣の家の京一さんと、以前は良く遊ん

でいたわね。そこで、清ちゃんは、

お隣りの家で毎日生活するようにねってしまったら、よその家の子が一緒に暮していることになるでしょう。そうするとやっぱりお隣りのお母さ

んや、お父さんは、清ちやんをよそから来た子供項ということで・自分の子供と差別するわね。それと同じことたんだよ"清ちゃんの家に友達

が来て、毎日寝起きしていたら、清ちゃんは自分のうちだよというでしょう。清ちゃんは台湾で生まれて・目本に来たから、友達から、よその

国の人と、いわれても、別におかしくな、いでしょう。しかし清ちゃんは、日本人だからね。もっと大きな気持を持つんだよ。こんたことで負けて

はいげませんよ。男だものね……」

しかしこうはいったものの麗花も心の中の動揺は、隠しきれなかった。

耐え忍ぶ生活以外には、ないからだ。

この小さな子どもに、果して耐えられるだろうかと、優しいまなざしで、清の坊主頭を、軽くなで、清の勇気を願うのだった。

学校の先生も、清のことを心配して、度々家庭を訪問した。

「私は1清君の担任をしている木内です。最近、学校をよく休みますが、体でも悪いのですか。クラスの模範生なので私も心配しているのです」

と、クラスの中や学校で、清の差別問題がうわさになっていることを、知っており、手を焼いていた。

「私は清の母です。いつも子供がお世話になります。風邪をひいていましたので、休ませました。どうもわざわざ御訪問ありがとうございます」

と、つい麗花は、うそをいってしまった。

先生の声を聞いた清は、母との挨拶が終わると、二階から下りて来て、「先生。僕、学校へ行きたいんだ-。、

友達が学校の帰りや、学校で、いじめるんで、行けないの。お母さんはうそをいっている。僕、学校へ行きたいんだ……」

清は、先生にしがみついて、泣いてしまった。

かわいそうな教え子の姿を見た木内先生は

「お母さん。私の責任です。私が善処します。お母さん心配しないで、頑張って下さい」

と、三十代のがっちりした体格の先生の胸にとびこんで、泣きじゃくっている清の頭を、軽くなでながら、先生は、母と清を慰めるのだった。

麗花も、「先生うそをついてすみません」

と、清の心がわかるだけに、悲しさが胸をつくのだった。

そして木内先生は、「清君、今度、清君をいじめたりしたら、私に言って来なさい。私がその生徒達に、わかるように話をしよう。だから、明日

から登校するんだよ。お母さんは心配しないで下さい」と、力強い言葉で、母と子を慰めて、帰って行った。

「清ちゃん、よかったわね。しっかりやるんだよ。たとえ悪口をいわれても、痛くはないんだから、一生懸命勉強をしてね。決して人をうらんだり

、悪口をいったりしてはいけませんよ」

麗花は、我が子の手をしっかり握り、何か肩の荷が下りたような感じであった。

「お母ちゃん、大丈夫かなあ……」

先生を送った後、母に心配そうに聞いたのだった。

「お父さんも、お母さんも、先生まで清ちゃんの味方でしょう。心配などしなくて大丈夫よ」と麗花は言葉を続けた。

しかし学校内や、通学の途中でも、直接清に対して「台湾の土人やーい」などと、いう冷い言葉は、聞かれなくなったが、遊んでくれる友達は

なく、清が行くと、皆逃げてしまった。

「あいつは、すぐ先生に言いつけるから、恐い奴だよ。みんな、あっちで遊ぽう」ということで、清の心の中は、淋しさと悲しみが、いつも同居し

ていた。

しかし清は、勇気を持って通学を続げた。

一方においては、麗花は日中の仕事は、夫の持ってくる会社の仕事を、一生懸命続げ、今では大枠の糸巻きも、他の人では真似が出来な

い程、早く作業が出来るようにたっていた。

又事務の伝票や帳簿まで、夫の仕事を、家で手伝うことが出来るようになり、そろばんも上達していた。

(p136-p139)

ドームの中で、清は小学校時代の、自分の環境の中で、いろいろ展開されて行くドラマを見ながら、子供時代の一つ、一つを、しっかりと分

析して、自分の心の中の曇りを晴らして行くのであった。

生と死の問題は、あまり心の中にひっかかりがなく、ドームの中は、大分光明の度合が、はっきりと明るくなって来た。

そして自分でも、執着から離れて行く姿が、わかるような気がした。

しかしドラマは、母の麗花と清の上に、大きな悲しみが降って来るのであった。

それは父の死である。

父は作業中に、ちょっとした怪我が元で、敗血症となって高熱を出し、僅か1週間の短い闘病で、他界してしまった。

父は覚悟していたのだろう。

死ぬ二日前に、

「麗花、苦労をかげてすまない。もし僕が先に死んだら、清のことは、頼む」といって、しっかりと麗花の手を握り、こぽれる涙は、枕をぬらし

ていった。

「貴方、こんなことで死なれたら困ります。私達のためにも、頑張って生きて下さい。神様、どうか夫をお救い下さいー」

麗花の悲痛な願いも、神は聞き入れることなく、次郎は帰らぬ人になってしまった。

麗花は、つえとも柱とも頼みにしていた、愛する夫に、先立たれ、清と共に悲嘆に暮れるのだった。

夫の兄が采配を振るって、葬儀は済んだ。

そして思いがけない次郎の死は、麗花と清の上に、苛酷な人生を展開して行くのだった。

それからは姑の監視が厳しくなり、麗花と清の淋しい家庭に、亡夫の兄英一が、度々訪れるようになった。

夜分、遅く来ることもあった。しかし義姉の、ひでが、英一の行動を、しっとし、麗花を厳しく売女とののしり、姑の手で、仕事の機械も取り

上げられ、職も奪われてしまった。

そして台湾に帰るよう、矢の催促である。姑はあらゆる方法で麗花親子を、締めつけて行った。

しかし麗花は、夫の郷里を後にすることをあきらめ、どんな苦しみがあっても、清のためにも耐えて生きて行こうと、台湾に帰ることを断念

するのだった。

そして、ひでが尋ねて来た。

「麗花さん、私の主人を取るつもりですか。貴女は泥棒猫だ!!隣の奥さんからも聞いたけれど、英一を引っばり込んでいるようだね」

と、怒り狂った形相で、詰めよるのだった。

「とんでもない。英一兄さんは、そんな方ではありません。葬儀の跡始末や、仕事のことで、来て下さったんです。会社が終ってからお

いでになりましたが、私には、やましい行為も、心もありません。誤解です。どうぞ、御主人の英一兄さんから、よく聞いてからにして

下さい」と、

麗花は厳しく言い放ったのだった。そして更に、

「夜分遅くおいでになるから、誤解されても、仕方がありませんが、私の愛していた人は、次郎さんだ、ということを、忘れないで下さい。

中国人はそんな女とは違います。どうぞお引き取り下さいー」

ひでは、返す言葉もなく、玄関の戸を、力いっぱい音高く締めて、帰って行った。

それ以来、英一兄さんは、麗花に迷惑をかけまいと思って、家を訪れることはなかった。麗花が台湾に帰ることは、何の問題もないが、

清のことを考えれば、台湾へ帰っても、間の子という烙印を除くことは、出来ないし、多感な子供心に、これ以上、苦しみの体験をさせた

くないという、麗花の親心であった。

台湾に帰って、日本人から差別されて生きるのも、目本にいて、差別されて生活するのも、そんなに変りはないからだ。

日本の植民地の中で、台湾人として差別されて、一生苦しみを背負うより、日本人として子供まである以上、いつか子供が、日の目を

見ることが出来るだろう、と淡い期待も麗花の心の中にはあった。

そして麗花は、台湾人ということを、自分からいわなければ、誰も、今後の新しい人々は、日本人としてつき合ってくれるものと、いくらか

の光明が、心の中にあった。

清の今後も、自分の手で育てなくてはならないし、異国の地で、親子二人が放り出された現在、母として力強く生きる以外にはなかった。

今後の生活については、より以上の厳しい困難と戦わなくてはたらないだろう。もう涙など、流している訳にもいかない。

麗花は、清の沈んでいる姿をながめて、

「さあ、元気をお出し、お母さんも頑張って行くよ。お母さんについて来てね」

(p140-p133)

と、にっこり笑って、力づげるのであった。

一九三四年、日本は、不景気で生糸の値段は下がり、群馬県も、不況の嵐が吹き巻くっていた。

夫の郵便貯金通帳には、三百五十七円の残があった。

当時は大学卒で、五十円の初任給の時代である。このお金では、一年食いつなぐことは出来ない。麗花は、働くことを決意するのだった。

しかし台湾の台中女学校を卒業して、二年家事手伝いをしただげで、何の技術も、学んではいない。

夫が伝票や帳簿を、家に持って来て仕事をしていた五年問に、麗花は、事務員なら出来るのではないかと思い、就職先を、新聞や広告な

どを見て、なるべく家に近い所をと思い、探すのであった。

夫の実家に相談に行っても、

「お前さんは、台湾に帰ることだ。清君は、私の方でめんどうを見よう」と、相変らず無慈悲な返事である。

清を手離すくらいなら、夫のもとに行った方がよいと麗花は考えていただげに、自分で職場を探す以外にはなかった。

伊勢崎の町まで行って、商店の入口に立って、このような所ならいいのではないだろうかと勇気をふるって、

「今日は。私を使って下さいませんか。事務員たら、お茶でも、帳簿でもやります」

あつかましいと思ったが、その店の主人は、「貴女はどちらですかえ」

「はい、私は町のはずれに住んでいる者で、三田村麗花と申します」

「まだひとりですかい」

「夫に先立たれ、今、小学校五年の息子がいます」

店の入口に立ったまま、主人と立話。

「年はいくつだね」

「はい。三十一才です」

「何時まで働けますか」

「はい。五時頃までたら」

「それでは私の店の一番忙しい時だから、だめだな」

と、第一回目は見事に失敗であった。

そして、三、四軒尋ねて見たが、就職の場は、見つからないまま、家に帰るのだった。

麗花は、夫が亡くなってから、既にニカ月、就職することがこんなに大変だったのかしらと、頭をかかえるのであった。

しかし、どこへ行っても、誰も日本人だと思って、語をしてくれることが、麗花の心の中に、光明を与えた。

清は、帰らない父の霊前で、

「お父さん。僕一生懸命勉強して、お母さんに、親孝行するよ。お父さん守ってね」と、学校へ行く時に、仏壇の前で手を合わせている姿を見

た時、麗花はいつも、自分がしっかりしなくてはならたいと、自分にむち打つのであった。

たんぼの稲は、黄金色に実って、重い頭を下げている。

かかしは、風雨にさらされて、むぎわら帽子の頭の底が抜けて、首飾りのようになっている。たんぽの水もひき、刈入れを待っているようだ。

今日は、日本でよくおかずにしている、いなごでも取って、食事の足しにしようと、麗花は、夫と生前よく二人で取りに行ったことを思い出して

、何年か前につくった袋を、物置きから出して、たんぼに出かげた。

赤とんぽが、青い空をすいすい飛んでいる。

そして麗花は、あのとんぽですら、一匹で生きているのに、こんなことで負けてはならないと、いなごを追いかげながら、思うのだった。

丁度三時問くらいで三斤(ぎん)位つかまえた。

これを熱湯の中でゆで、真赤に色づいたいなごを、陽で乾燥し、一週間くらい後に、脚を取って丸管の中に保存しておけば、いつでもつくだ煮

に、出来ることを知っていた。

台湾では、食べたことはなかったが、栄養があって、おいしいものだ。

清は大好物だった、夫の生前に習ったものがこのように役立ち、麗花にとっては懐かしくもあり、嬉しかった。

それから何日かの後、又いなご取りに出かげた。

一生懸命に、いなごを追いかげている所へ、町の主掃らしい人が、

「貴女もよく取りますね。過日も大分お取りになったが、どこの旅館や料理家に売るのですか」

と、腰を伸しながら、首に巻いた手拭で、汗を拭き、麗花に話しかけて来た。

麗花は今の話の中から、

「どこへお売りになるのですか?」

という言葉が、心の中にひっかかった。

「こんにちは。奥さん。このいなごが売れるんですか?」と、驚いて聞き返した。

(p144-p147)

「売れますとも、私は伊勢崎の旅館や食堂へ持っていくんですよ。奥さんは、自分の家で食べるんですか」

麗花は、嬉しくなってしまった。

今日から、いなご取りをやろう、という決心をするのであった。

清を学校へやり、それから夫の弁当箱を腰につけて、いなごがみえなくなるまで、毎目田圃の土堤の上下を取り歩いた。

手は日に焼け、すっかり荒れてしまった。二十五日働いて、十五円になった。

生まれて初めて自分で働いたお金だ--。

夫の位はいの前に供えて、報告するのだった。

そして他の会社から仕事をもらって、小枠に巻いた絹糸を、大枠に巻いて、これを一たばにして巻き取る仕事も、毎日夜なべして、遅くま

で働いた。

それでも一カ月働いて、四十円になればよい方だった。清が、学校から帰って、母の手伝いをすることもあった。

六年の二学期になった。木内先生が訪ねて来た。

「お母さん大変ですね。お母さんにお願いするには、言いづらいことなんですが、清君を中学へ入れたいんです。

あのような頭の良い子は、進学させたいんですが……」

と、先生は父のいない清のことを考えて、遠慮深げに、麗花に相談するのだった。

「はい……。お父さんでもいたら、本当に学校へ入れられるのですが、女手一つでは、県立の中学に入れられるでしょうか。月謝は、ど

の位かかるのですか」

もう夫の残した金は、あと僅かであった。

内職しながら、今迄生きてきたのだが、なんとかして、中学へやりたかった。

麗花はしばらく考えて、よく渚と相談をして、学校へお伺いします、ということで、先生は帰った。

「清ちゃん、今、木内先生が見えたんだよ」

「うん、知っているよ」

「清ちゃんは知っていたの」

「うん中学へ行かないかって、先生から言われたんだ。だけど母ちゃんの苦労を見ていると、僕、何かでお金をもうけて、お母ちゃんに親

孝行しなくては、お父ちゃんに悪いよ」

麗花の苦労している姿を、毎日目の前に見ていると清の心の中は、親孝行したくては、という美しい心が湧いて来るのであった。

麗花は、何とかLて子供の力を伸ぱしてやりたいと思い、

「清ちゃん、お母さんは、どんな苦労を」ても、あなたの将来のために、中学校へやりたいの。

清ちゃんはまだ子供だから働けないよー」

「うん、それは中学校へ行きたいけどさ」と、母に甘えるように、清は黙ってしまった。

麗花は、今後どのようにして、清を中学校に上げるか、いろいろと考えて見た。夜が更けてもそのことが頭の中から離れたい-。

そうだ。過日、主人の使っていた自転車を屑屋さんに売った時、確か、弐拾銭頂いた。リヤカーを買って、屑屋をやろうと決心するのだった。

残りの金、弐百参拾円で商売しなけれぱ、今迄のようでは困る。

ということで、次の目は屑問屋に行き、どのくらいの利益が出るのか、研究することにした。

清には商売の話をしないで、なんとか自分でやろうと考え、つい、朝まで眠れなかった。

早速麗花は、板東大橋を渡り、本庄通りにある層物間屋に行き、廃品類の単価や、商売の方法について勉強するのであった。

「おじさん、鉄とブリキでは、値段が違うのですか」

「それは違うよ。鉄は厚いしな。ここにある鉄の塊りは、この鉄板と違うだろう。これは鋳物っていうんだ。

皆値段が違うよ。これを上鉄、中鉄、下鉄というんだ。一番いいのは、ひかりものだろうなあ」

麗花は、はじめて鉄にも色々あるということがわかり、単価と目方を覚えるだけでも、大変だと思った。

鉄のことはわかっても、ひかりのものだけは、意味がわからなかった。

「おじさんひかりものってどんなもの」

「あかがねだろうなあ。鋼や真鍮のことだよ」

麗花は、台湾の実家で使っていた鍋や、鋼壷が、あかがねであることを知り、火箸が真鍮、屋根のとたん、やかん、鋳物と、次々と連想

していた。又、びん類も、問屋の倉庫の中に、大分入っていた。

びんも買ってくれるんだな、と商売にどんなものでもなることを知った時、麗花は、ひとりで笑いながら、何か白信のようなものが、湧いて来た。

問屋で計算をしていた、四十代の主人が、麗花のそぼに来て、

「奥さんのような、きれいな人が、こんた泥だらけの仕事は、いけませんよ。もっとよい仕事が、いっぱいありますよ。こんな仕事は、屑のような

人間が、やるんですよ。おやめにたった方がよいと思いますね……」

麗花は、「お仕事にはよごれる仕事も、きれいな仕事もあるでしょう。古いものを再生して、又新しい

(p148-p151)  柱なき母子-風雪に耐えて

ものにする仕事もあるでしょう。この鉄居も、製鉄所に入って、又新しい鉄になるのでしょう。きれいな仕事ばっかり好んでやっていたら、古いも

のばかり残るでしょう。どんなによごれた仕事でも、心までよごすことはありません。美しいきれいな仕事をされる方達も、体はよごれない

でしょうが、心まで、果して美しいでしょうか。私はいろいろ考えてのことです。

町や村を汚す物を拾い集めたり、又古い不必要な物を買い集めて、商売になるなら、私はやりたいと思っています。

一晩中、考えてのことだけに、麗花の言葉には、真実がこもり、主人の宮川辰雄は、驚いてしまった。

「いやあ・……。奥さんの心掛けには驚きました。屑屋であっても、心まで屑であってはなりません。奥さんのような方に、会ったことはありま

せん。どうぞ、おやりになるのたら、私の店にあるリヤカーをお使いになって、紙屑・雑誌・びん・ゴム・綿・非鉄・鉄をお買い致します。

買上げの単価表を、差し上げますから、どうぞ、お願いします……」

麗花は驚いてしまった。リヤカーも貸してくれるということだ。しかし非鉄とは、何だろう。

麗花が考えている問に、宮川の主人は貰計り台のある、事務所に行って、単価表を片手に、戻り、

「奥さんこれを基準に商売して下さい。どうぞ………」


p149 初版の挿絵

つづき p.150-199